2016年3月、2万7,000人という参加者数を記録した世界最大のゲーム開発者向けカンファレンス、「ゲーム開発者会議」がアメリカのサンフランシスコで開催され、
このカンファレンスでは100以上あった講演やパネルディスカッションのうち30パーセントが「VR(バーチャル・リアリティ)」関連の情報となっていたことから、参加者はVR技術への期待の高さを改めて実感したと話します。(1)
VR技術が急速に注目され始めた2015年頃を「VR元年」とも呼んでいますが、実はVR技術自体は既に1990年前後から一般向けに存在していました。
↑世界が進化した「VR技術」に目を向けていることは明らか
日本に上陸し流行したオンライン3D仮想空間「セカンドライフ」がきっかけとなって、VRという言葉が世の中に一気に拡散されたのが今から10年ほど前、2007年のことです。
同じ趣味を持った者同士がバーチャルの空間で集まることができるなどあって、若者のユーザーを中心に人気を博し、セカンドライフはその名のとおり、現実とは別の新しい世界を楽しむものでしたが、今ではすっかり忘れ去られてしまいました。
というのも、当時の技術では仮想空間があまりにも「作りもの」で、リアル感を感じさせないものだったためにユーザーはみるみる離れていってしまい、これ以降のVR技術は、「仮想」であることよりも、より「リアル」であることが追及されて、当時とは違った目でリアルの世界を広げるものとしての可能性が見えるようになっていったのです。
↑VR技術はただ「遊ぶ」だけのものではなく世界を「広げる」ものとして変化した
そして、ゲーム業界が先導して進化を遂げたVR技術は、強力なリアル感を持つようになったことで、現在ではゲーム業界だけには止まらず、医療やビジネスでの人材育成においての活用が期待されるようになりました。
例えば、映像を実在しているかのように浮かび上がらせるゴーグル型の機械「ヘッドマウントディスプレイ」は、今はなきワールドトレードセンターのビルとビルの間を綱渡りで歩く画像をこのヘッドマウントディスプレイで見ると、頭ではVRと分かっているのにも関わらず足が震えるほど恐怖を感じるのだそうで、「VR技術が持つ強力なリアル感を確認させられる」と、体験者は説明しています。(2)
↑「現実」と「非現実」の境目を混乱させるほどの技術
リアルな体験に限りなく近づきつつあるVR技術を使い、イギリスのロイヤルロンドン病院では世界で初めて手術のVRを用いたライブ放送も行われています。これはトップレベルの外科医、シャフィ・アーメド医師によるがん手術の様子を医学部の学生に向けて配信したもので、患者の上に設置した360度撮影することができるカメラでアーメド医師が手術をしているところをライブ映像で流し、学生はヘッドマウントディスプレイを使って、大学の教室から手術現場を見学をすることができました。
また、カナダのコンカー・モバイル社が開発した「VR医療シミュレーター技術」を取り入れれば、バーチャル患者を相手に“手術の練習”をすることが可能になるなど、手術の現場を見るだけでなく実践を取り入れた学習も期待できるといいます。
↑今まで学生の身分では体験できなかったことがVR技術によって可能になる
さらにVR技術は先進国での教育の質の向上を促すだけではなく、高度な医療技術を持たない国に対しても教育を可能にしていくことが予想されていますから、世界全体における医療技術の向上に繋がるだろうと考えられており、世界で初めてライブ放送を行った前出のアーメド医師も、VR技術に期待を寄せて次のように話しています。
「遠く離れた人とリアルな感覚で繋がることのできるVR技術さえあれば、今後、医学生たちはどこの国にいてもハーバード大学、あるいは、ロンドンやローマにいる優秀な医師や教授の下で医学を学ぶことができるだろう。」
↑科目ごとに世界の大学を飛び回ることだってできる
医療の他、ビジネスにおいてもVR技術は注目されていて、特に、育児や介護で家を物理的に離れられない人が自宅にいながらバーチャルな空間に“出社”し、仕事ができるようになることが予想されています。
これまでもパソコンや電話があれば遠隔でも仕事ができるのではないかと考えられてきました。しかし、コミュニケーションで相手に伝わる情報のうちの93パーセントが表情や声の質・大きさなどの非言語的な部分で、言語による情報は残りの7パーセントしかないという心理学の研究結果にも見られるように、相手の表情や話している雰囲気を感じることのできないパソコン・電話のみのやり取りでは、コミュニケーションがうまくいかない可能性が高くなることは避けられないでしょう。
実際に、フォーブス社が750人以上のビジネスリーダーを対象に「コミュニケーション方法」について調査をしたところ、約8割の人が相手との信頼関係をより強いものにしてくれるという理由で、「対面でのコミュニケーションが好ましい」と答えています。VR技術を使ってバーチャル空間のオフィスに“出社”すれば、相手の表情もまわりの雰囲気も感じることができるため、離れた場所にいながらチームメンバーの信頼関係や団結力を維持していくことが可能になるかもしれません。
↑これからはバーチャルな空間で人間関係を構築していく
また、今後ビジネスに国境がなくなっていくほど求められる資質は多様化し、たとえば、日本語と英語と中国語をネイティブレベルで話すことができ、書類作成などの事務職経験者が必要になった場合、すべての条件を兼ね備えた人材を見つけ出すのはかなり難しく、VRによって複数の人々のスキルを集約したり編集しながら「スキルモザイク」をすることで、仕事に求めるスキルを満たしていくようになるだろうと言われています。(3)
確かにひとつの仕事に求められるスキルを別個のものとして考えれば、日本語を完璧に話しながらその他の言語も流暢に話すことができる人は珍しくありませんし、事務職を経験したことがある人はたくさんいますから、それぞれの能力を個別で持っている人材は必ず見つかります。そうして見つけた、英語が話せる日本人、中国語が話せる人、そして事務職経験者の3人の能力を1つのアバターに集約して、3人がVRで同じものを見ながら作業をすることが可能になると、3つの能力を兼ね備えたハイパフォーマンスな人が誕生したのと同じことになるのです。
↑複数の人を組み合わせることで1つの新しい人材を作り上げる
この「スキルモザイク」の考え方は時間にも適用することができ、これを「時間モザイク」と呼んでいて、労働時間を分解することを表します。Aさんが月・火・水に、Bさんが木・金に働くことで、AさんとBさん2人の労働時間が集約され、1人のフルタイム労働者としてみなすことができるのですが、VRによって可能になる時間モザイクは、単純作業ではなく、膨大かつ専門的なプロジェクトにおいて、一人の労働者に負担をかけることなく行うことを可能にします。
実際、相当な労力と専門性が必要になる点字翻訳の校正において、日本点字図書館では試験的にネットワークを介して多くの労働者を集め、一冊の本の翻訳作業に取り組んでもらっており、意外にも、若い人よりも高齢者の参加者の方が多かったそうで、スキルモザイクや時間モザイクは高齢者の働くチャンスを増やし、眠っている人材の知識を活用することに繋がるかもしれません。(4)
↑VR技術が浸透すれば能力も時間も持てあますことなく使えるようになる
もし、この「モザイク」が浸透すれば、人材育成や人材確保は易しくなり、労働環境が大きく変化することは間違いありませんし、とことんリアルを追求したVRは、世界全体の人々のスキルアップのみならず、労働市場をオープンにし、活気付けることにつながるでしょう。(5)
出生率の低下や労働人口の減少が叫ばれている日本では、65歳以上の高齢者の割合は2060年には40パーセント程度、実に人口の5人に2人が高齢者になると言われており、労働人口の確保も難しくなっていくことは容易に想像ができます。その中で、日本のVR研究者たちは、「日本ではVR技術を使って現実世界に存在しないキャラクターと触れ合える空間を作り出すことに焦点が当てられている」と苦言を呈しているのも事実です。(6)
↑VR技術が可能にするのは「キャラクターと会う」以上のこと
VR技術を牽引してきたゲーム業界でも、かつて「架空」に焦点を当てたために人々に忘れ去られてしまったという苦い経験を持っていますが、同じ失敗を繰り返さないためにも、遠く離れた場所にいる人をどれだけ「リアル」に感じられるかというところに注目していかなければなりません。
これからわたしたちは、目の前にいる人だけではなく、遠く遠く離れた場所にいる会ったことのない人たちとも現実の世界で関わっていかなければならないのですから。
1. 新清士 「VRビジネスの衝撃 『仮想世界』が巨大マネーを生む」 (2016年、NHK出版新書) Kindle 458
2. 新清士 「VRビジネスの衝撃 『仮想世界』が巨大マネーを生む」 (2016年、NHK出版新書) Kindle 477
3. 廣瀬通孝 「いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド」 (2016年、星海社) p173
4. 廣瀬通孝 「いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド」 (2016年、星海社) p172, 175
5. 新清士 「VRビジネスの衝撃 『仮想世界』が巨大マネーを生む」 (2016年、NHK出版新書) Kindle 221
6. 廣瀬通孝 「いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド」 (2016年、星海社) p3
本ブログは、Git / Subversionのクラウド型ホスティングサービス「tracpath(トラックパス)」を提供している株式会社オープングルーヴが運営しています。
エンタープライズ向け Git / Subversion 導入や DevOps による開発の効率化を検討している法人様必見!
「tracpath(トラックパス)」は、企業内の情報システム部門や、ソフトウェア開発・アプリケーション開発チームに対して、開発の効率化を支援し、品質向上を実現します。
さらに、システム運用の効率化・自動化支援サービスも提供しています。
”つくる情熱を支えるサービス”を提供し、まるで専属のインフラエンジニアのように、あなたのチームを支えていきます。
No Comments