コミュニティ意識が強く根付いているアフリカには、「早く進みたければ一人で行け。遠くまで進みたければ皆で行け」という古来から伝わることわざがあり、大きな目的を成し遂げるには、周囲の協力が必要不可欠だと考えられています。
この言葉は近年世界中で受け入れられ、多用されているようで、例えば、ヒラリー・クリントン氏は1996年に民主党全国大会で行われたスピーチで両親や家を持たない恵まれない子ども達を引き合いに出し、一人の子どもを幸せにするためには、家族や教師、牧師、様々な産業で働く人々、地域、そして国や政治家が協力しなければならないとして、「ひとりの子どもを育てるには村中みんなの知恵と力が必要だ」と述べました。
ジグソーパズルはバラバラの状態では何の意味もないただの紙切れですが、一つ一つのピースが組み合わさり、一枚の絵になることで初めて隠れていた美しさが表に現れます。しかし、そのパズルが何万、何十万ピースともなれば、到底一人で完成させることはできないため、完成した美しい一枚の絵を見たいという共通の思いを持ったチームとの共同作業が欠かせないのです。
↑アフリカのことわざ「早く進みたければ一人で行け。遠くまで進みたければ皆で行け。」
羽田空港は2014年度の時点で1日あたり離発着する旅客機の数が約1200便、年間でおよそ7,500万人が利用する日本で最も多くの人が行き交う空港ですが、ほんの35年前までは現在の拡張された羽田空港がある場所は一面ヘドロの底なし沼だったそうです。(1)
羽田空港拡張のための地盤工事は、100万本のパイプを打ち込んで水抜きをするなど、前例のない大掛かりな作業を悪臭の満ちた水浸しの現場で行わなければならず、工事に携わった作業員は当時を振り返って「羽田地獄」と語るほどでしたが、さらにその地盤工事の後に待ち受けていた壁は、「ビッグバート」と呼ばれる巨大ターミナルを建設するという計画でした。
この計画では、約300ヘクタールの区域の中で、誘導路や駐機場、管制塔、構内道路、そして東京モノレールなど数多くのプロジェクトを同時に進める必要がありましたが、20以上の独立した事業主体が狭い工事区域にひしめきあい、短い期間の中でそれぞれが好き勝手に工事を行えば、混乱を招く事は避けられません。(2)
↑現在、羽田空港がある場所は底なしの泥沼だった
当時運輸省の早田修一氏はバラバラだった現場作業員たちを一つにするために、まず仕事を事業ごとに振り分け、組織を編成し直し、そしてそれらの組織をうまくピラミッド型に組み合わせることで、バラバラだった事業者たちを一つのチームに作り替えました。
そして、早田氏をはじめとする東京空港工事事務所の職員らは工程管理や交通整理のために、一枚の図面に各工事主体の3ヶ月ごとの工事の進行状況を紙芝居のような物語形式にして指示を出し、それは後に「紙芝居方式工程表」と呼ばれることになります。(3)
今まで物語の一部しか知らなかった人たちが、物語の始まりからオチまで知ることで、物語の全体像を把握することができるように、紙芝居方式工程表を見れば、何の工事がどの時点でどこまで出来ているのかが即座に分かり、自分たちがこの3ヶ月間で他社の作業員と協力して何をどうするべきなのか容易に理解できるようになり、バラバラだったチームが同じ方向に向かって進み始めたのです。
↑工事の進行状況を紙芝居のような物語形式にして指示
早田氏が紙芝居方式工程表を作ってから、現場で働く人々が協力しあうようになり、例えば、隣り合った工区では「今度はこちらが作業をするから、作業ヤードを貸してくれ」といったやりとりが盛んに行われていたといい、作業員の一人は「他社の作業員とも親しくなって、クレーンを隣に回すかわりに、照明器具、水中ポンプなどを都合してもらうといった物々交換をやっていましたよ」と語りました。(4)
地下道路の建設現場にいた井上孝夫氏は、他社の作業員同士が共通のゴールに向かって協力し合う様子を見て、次のように言います。(5)
「土木の現場って、みんなで力を合わせて花を咲かせるみたいな雰囲気があるんですよ。種を蒔く人もいれば、水をあげる人もいる。添え木をつくる人もいる。どの一つが欠けても花は咲かないんですね。だから、水が足りなければ水を貸すし、添え木が足りなければ貸すし。土木の世界ではライバル会社であっても、協力する部分があるんですよ。」
↑土木の現場でしか見られない現場力
こうした状況の中から、スタートはバラバラでもゴールに入る時には、全員同時でゴールテープを切るという意味の「逆マラソン」という言葉が生まれ、こうした現場の臨機応変な助け合いが、限られた工期のなかで結果的に工事のスムーズな進捗を実現させ、逆マラソンを成功に導いたのです。
携帯端末メーカー、ノキアのデザイン部門責任者を務めたピーター・スキルマン氏はTEDで、マシュマロチャレンジというデザインの課題を紹介しました。
ルールは、20本のスパゲッティ、テープ、90cmのロープ、そしてマシュマロを使って、どのチームが制限時間内に最も高い建造物を作れるかを競うシンプルなゲームですが、フォーチュン50企業のCTO(最高技術責任者)などがこのゲームに参加したことで話題となりました。
↑スタートはバラバラでもゴールに入る時には全員同時の逆マラソン。
参加した約70のグループの結果を検証したところ、一番ひどい結果に終わったのは名門ビジネススクールの新卒者であった一方、幼稚園児が作った建造物は高いだけでなく、最も独創的でクリエイティブだったという結果が出ています。
その背景には、ビジネススクールの生徒たちが権力争いで大幅に時間をロスし、一種類の建造物しか作れなかった一方、幼稚園児のグループは数種類の試作品から得た技術やコツをチーム内で共有しながらプロジェクトに取り組んだことにあるようで、チーム内で試行錯誤を繰り返し行えば行うほど、チーム内の共通目的意識が強くなり、チームワークがより強固なものになるのです。
↑クリエイティブなスキルでは一流のビジネスマンが幼稚園児に惨敗
アメリカ野球界の伝説的選手、ベーブ・ルーズ氏が生前に残した言葉に次のようなものがあります。
「チームがどう動くかによって成功するかどうかは決まるんだ。優秀な選手は世の中にいくらでもいる。でも、彼らが同じ方向に向いてプレーしなければ、そのチームには1円の価値もない。」
他者と戦略を共有し、互いの足りない部分を補い合いながらコラボレーションをすることによって私たちは、もっともっと遠くへ行くことができるようになるのではないでしょうか。
【参考書籍】
1. NHK「プロジェクトX」制作班 「新羽田空港 底なし沼に建設せよ」―創意は無限なり プロジェクトX?挑戦者たち?」 (NHK出版、2012年)Kindle 20
2. 上之郷利昭 「羽田空港物語~極限に挑む技術者たち」 (講談社、1997年)P129
3. 上之郷利昭 「羽田空港物語~極限に挑む技術者たち」 (講談社、1997年)P153
4. 上之郷利昭 「羽田空港物語~極限に挑む技術者たち」 (講談社、1997年)P155
5. NHK「プロジェクトX」制作班 「新羽田空港 底なし沼に建設せよ」―創意は無限なり プロジェクトX?挑戦者たち?」 (NHK出版、2012年)Kindle 409
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