ギリシャ神話に登場するイカロスは、伝説的な発明家である父親のダイダロスが考案した鳥の羽を蝋で固めて作った翼を身にまとい、閉じ込められていた迷宮からの脱出に成功します。
しかし、「蝋が溶けて翼がバラバラにならないように太陽に近づいてはいけない」との忠告を聞かず、傲慢にも太陽に向かって高度を上げたため翼の蝋が溶けてしまい、墜落死するという悲惨な結末を遂げました。
このイカロスの物語をひとつのメタファーとすれば、科学やテクノロジーは、人類に「翼」を与えてきましたが、同時に「墜落死」させかねない、危機に直面する可能性は十分にあります。
↑科学は人類に翼を与えるが、実際は殺人兵器としても使われている
2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏は、諸刃の技術が民生にも軍事にも利用可能な「デュアルユース」だとして、次のように述べています。
「ノーベル賞を受賞された研究は、人類の発展のためにも殺人兵器にも使用可能という諸刃の技術であり、科学に携わる人間ならば、そのことを身に染みて感じなければいけない。」(1)
↑科学者は常に軍事的に使われるリスクについて考えなければならない
例えば、数十年前にテレビの電波がビルに反射し、画像がブレるゴースト現象を防ぐためにフェライトという塗料が開発されました。
しかし、同じ技術はその10年後、敵のレーダーに引っかからない「見えない戦闘機」、スティルス戦闘機に使われましたし、インターネット上のデマの拡散を防ぐためにアルゴリズムを開発すれば、言論統制の道具ととしても利用される可能性があります。
ここには科学者が最先端の研究を進めれば進めるほど、それがわたしたちの生活や生命までも脅かすために利用される可能性が高まるというジレンマが見られ、第二次世界大戦中、アメリカで原子爆弾の開発にも参加し、そのことを身を持って自覚したデンマークの物理学者、ニールス・ボーア氏は晩年、原子力の平和利用を提唱するために世界を駆け巡ったと言います。
↑最先端の科学をどう使うかは、本当にその人次第
逆に現在、誰でも使っているソーシャルメディアは、もともと軍事産業から生まれたものだと言われています。
こうした科学技術は一見すると私たちの生活をより良くするようにみえるため、後にその技術がどのように利用されるかわかりにくいという点が特徴で、地球温暖化という人類共通の問題を「地球工学」というテクノロジーによって解決しようとすることも、一見するとその正当性について誰も文句のつけようがないようにみえます。
1999年に創設されたオンライン辞書「アーバン・ディクショナリー」によると、地球工学とは人間による地球環境の大ががりな操作のことで、イギリス王立協会は「人為的な気候変動に対応するための意図的で壮大なスケールの地球環境操作」と位置づけます。
↑恵みの雨か、それとも人工的な雨か
ガイア理論を提唱したイギリスの未来学者であるジェームズ・ラブロック氏は、「人類は、火を使い、料理を始めるや、地球工学エンジニアになった」というように、古来より人間は、気象を操作して農業を有利に行い、生活を快適にしたいと切望してきました。
そのため、原始においては超自然的な雨乞いの儀式に頼っていましたが、近代では「人工降雨」という技術に可能性を見出し、それは最近になっても行われており、2002年にテキサス州農務局は、人工降雨事業に240万ドルを出資しています。
↑次第に人類は、神に祈ることをやめ、別の方法を考え始めた
また、アメリカ西部では、農業や水力発電に関わる企業が全体の3分の1にあたる地域で、日常的に飛行機からドライアイスを雲に散布して、人工降雨などの気象改変を行ったりしているといいますし、中国政府が北京オリンピックの開会式の際に1,000発以上のロケットを雨雲に打ち込み、「人工消雨」作戦を実施したことはよく知られています。(2)
しかし、容易に想像できることですが、地球工学は軍事目的でも多く利用されてきました。ベトナム戦争の際には、アメリカは北ヴェトナムが人員や軍需品の輸送に利用していたルートに人工的に雲を生み出し、雨を降らせ、路面をぬかるませことで、水流によって通行を遮断させました。
↑はたして、気象の操作にまで人間は手を出していいのか
地球工学のエンジニアは、地球温暖化を自分たちが解決すべきだと言いますが、彼ら自身も気象現象の一部をいじると、それが他の部分にどのような影響を及ぼすのか、その全体像をまったく把握できていません。
そういったことを考えれば、著名な科学者で20世紀の科学や物理学に大きな影響を与えたフォン・ノイマン氏が言うように、それは完全に「常軌を逸した」産業だということになります。
そもそもエンジニアは、「エンジニアリング」と表されることからもわかるように、能動的で常に前に進み続けるべきもので、あるものが発明され、制作されても、それを改良し続けるフロンティア的な職業ですが、方向性を誤ればイカロスのように墜落する危険をはらんでいます。
科学者もエンジニアも市場原理に組み込まれ、誰も全体像がつかめなくなっている現状においては、自分が携わっているプロジェクトが何のために行われており、どこに向かっているかなどを把握するのが、どんどん難しくなっています。
↑市場原理に組み込まれてしまうと、自分のプロジェクトが何のために行われているかが、わからなくなる
ただ、一つだけ断言できるのは、人類の未来はそれほど悲観的なものではなく、100年前に比べて戦争で亡くなる人は大幅に少なくなっています。
労働時間にしても、産業革命の時代には、1日14時間働く人も普通にいましたが、現在では労働時間の短縮が少しずつ実現されており、ビル・ゲイツも、50年、100年後の未来を楽観視して、次のようの述べています。
「だれもがそれぞれの役割を果たせば、世界は着実によくなっていくだろう。そして50年後に振り返った時、何億人もの命を救ってきたと言うことができるだろう。今世紀が平和の世紀だと胸を張って言える日が、きっと来るだろう。」
↑世界は確実に良くなってきている
前述した益川敏英氏の研究室の壁には、彼の恩師の理論物理学者である坂田昌一氏の 「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」という書が掛けられているそうですが、ビル・ゲイツが言うように人類を愛することも、人それぞれのしっかりとした役割なのかもしれません。(4)
「科学」という翼をまとい、目先のことだけではなく、将来のことを見通す技術や洞察力を持っているエンジニアは、長いスパンで物事を見て、戦争や貧富の格差のない世界につながる「装置」を作り上げる責務があります。
そのために、益川敏英氏が「自分の子どもや孫がどういう未来を担わねばならないのか、それを考えればおのずと答えは出てくる」と述べているように、エンジニア自身がつくりあげようとしているものを、自分の家族や親しい友人に使ってほしいと思うかどうかいうことでしょう。
エンジニアがひとりの人間として地に足をつけていれば、最先端の科学が行き過ぎることにブレーキをかけ、人々の日常生活の架け橋的な存在になることは、それほど難しくないように思います。(5)
参考書籍)
(1)益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書、2015年) kindle p.98
(2)ジェイムズ・ロジャー・フレミング『気象を操作したいと願った人間の歴史』(紀伊國屋書店、2012年)p.201
(3)これから資本主義はどう変わるのか――17人の賢人が語る新たな 文明のビジョン (英治出版、2010年) p.21
(4)益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書、2015年) kindle p.149
(5)益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書、2015年) kindle p.1279
(6)ヘンリー・ペトロスキー『エンジニアリングの真髄-なぜ科学だけでは地球規模の危機を解決できないのか』(筑摩書房、2014年)
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