ユネスコの報告によれば、学校教育を受けることのできない子供は世界中で約5,800万人も存在していて、これは日本の子供の数の3.6倍に及びますが、
たとえ学校に通える環境にあったとしても、狭苦しい教室で1冊の教科書を大勢で共有しなければならない状況にあるなど、まともな教育を受けられない子供たちが溢れています。
マサチューセッツ工科大学でデジタル技術の教育や研究を専門とする「MITメディアラボ」を創設したニコラス・ネグロポンテ氏は、テクノロジーが教育にどのように影響するのかを研究するために、こうした教育環境が整っていない地域を訪れ、子供たちにパソコンを渡すことにしました。
そして数年後にその地域を訪ねてみると、子供たちはインターネットを通じて、以前は知らなかったはずの遠く離れた国のスポーツチームに興味を抱くようになるなど、学びに対する意欲が旺盛になり、新しい知識を手に入れた子供たちの目は活き活きと輝いていたのです。
↑テクノロジーによって得られた新しい知識が子供たちの学習意欲を刺激した
この事実に衝撃を受けたネグロポンテ氏は、子供たちの未来を変えるためには考える力を育てることのできる教育が必要で、さまざまな学習プログラムを搭載できるパソコンこそが最適であると考えました。
そして、すべての子供たち一人一人にパソコンを提供しようと、2005年にプロジェクト「OLPC (One Laptop per Child)」を立ち上げたのです。
普段の生活の基礎となるライフラインも整っていないために電力が不足しているような環境でもパソコンが使えるよう、ネグロポンテ氏は、子供たちに提供するパソコンは省電力でインターネット接続可能なノートパソコンでなければならないとし、さらに、より広く普及させるためにも価格は100ドルに設定すると宣言しました。(1)
↑大胆過ぎる計画を立てたのは世界の子供たちの未来を変えるため
当時、2000年代半ばのノートパソコンの平均価格と言えば1,000ドル以上が一般的でしたから、この大胆過ぎる目標には多くの批判が殺到しました。しかし、不可能と思われていたプロジェクトは、国内外の企業の協力を得たことで開発、製造、販売にまで駒を進め、世界各国の発展途上国の子供たちにパソコンを届けることとなり、特に、ウルグアイでは、5~19歳の約60万人もの子供たち全員へのパソコン提供が実現したのです。
これまでに世界中で約5,000万人の子供たちにパソコンを提供することができたのも、OLPCプロジェクトが引き金となって各企業から安価なパソコンが次々に登場したためで、OLPCは最も有名な国際非営利組織の一つと言われていますが、この成功は、さまざまな国の企業が自分のできることを買って出れば、既にある量販品の数分の一の価格で、まったく新しいものを世に送り出すことが可能だということを証明しています。
↑批判を浴びたプロジェクトは、子供たちに最高の教育を与えた栄誉あるプロジェクトになった
まず、100ドルPCはライフラインも満足に整っていない発展途上国で使用されるのですから、省電力で長時間使える仕様を実現する必要がありました。
そこで、ネグロポンテ氏は協力してくれる企業を探そうと、作成した100ドルPCの設計書と共に各企業を訪問、パソコンが発展途上国の教育環境を変え、子供たちの未来をも変えることを強く主張し、また、最新技術の開発を行う必要のあるプロジェクトでしたから、活動に加われば新しい技術を一緒に開発・誕生させられるなど、いくらかの費用はかかるものの協力してくれる企業にも必ずメリットはあるはずで、ネグロポンテ氏はこの点にも目を付け、各企業に説明を行ったのです。
それでもなお、この壮大な取り組みに関心を示しながらも「参加はしない」と回答する企業が相次ぐ中、「教育が子供の未来を変える」という考えに共感してくれた半導体製造会社のアドバンスト・マイクロ・デバイセズ、出版事業を主に担いながらもインターネット関連事業も手掛けるニューズ・コーポレーション、そしてグーグルなどの大企業が参加を決意、資金面や人材面で支援をしてくれることになりました。
↑プロジェクトに賛同した大企業が協力を決意
そして資金や人材を確保し始めたプロジェクトは、重要な課題の一つでもあったディスプレイの開発に至ります。
明かりのある暮らしが当たり前のわたしたちにとって、ディスプレイこそ既存のもので対応でき、開発する費用も労力も必要ないのではないかと思いがちですが、発展途上国では電気がないために暗い室内や、また、直射日光の当たる場所でのパソコンの使用を想定しなくてはいけません。
どんな環境でも問題なく見ることのできるディスプレイの開発のために、インテルでLEDの開発に携わっていたメアリー・ルー・ジェプセン氏が加わり、そして開発したディスプレイを製造するために、台湾の企業で世界第2位の液晶ディスプレイメーカーである奇美(チーメイ)が協力を申し出て、無理と言われたプロジェクトはまた一つ前進することになります。
↑プロジェクトのために世界トップクラスの人材が集まってくれた
ハード面の開発が進められていくのと平行して、MITメディアラボでは100ドルPCの中核部分でもある、子供たちの創造性や独創性を促すようなソフトウェアの研究も行われ、ついにプログラミング、文書作成、イラストや作曲までもが可能なタイプの学習ソフトウェア「シュガー」が開発されました。
このソフトウェア誕生の背景にも、世界各国でグラフィックデザインなどを手がけるデザイン企業ペンタグラム社がソフトウェアの設計を担当し、ソフトウェアの開発・販売を手がける大企業レッドハット社がソフトウェアを構築するという、力強い2社の協力があったのです。
↑革新的な学習ソフトウェアの開発にも一流の人材が存在していた
こうして完成したノートパソコンは「XO」と名付けられ、アメリカ国内で「2台買って1台寄付しよう」というキャンペーンのもと、2台のうち1台は自動的に発展途上国の子供たちへ寄付されるという仕組みで、目標としていた100ドルには到達できなかったものの、2台で399ドルという、他のノートパソコンと比較できないほど格段に安い価格で発売される時がやってきました。
このキャンペーンの成功は、携帯電話会社のT-モバイルの協力もあって、通常のノートパソコンよりも安価でありながら、さらに、購入者全員に1年間無料のwifiがサービスとして付与されたことも大きく影響しています。また、フランスに本社を構える広告代理店の世界的企業ジェーシードゥコーや、同じく世界各国で活動拠点を広げている広告代理店のレースポイントグループが協力し、キャンペーンは一般にまで広く浸透することになりました。(2)
↑困難なプロジェクトの成功は、たくさんの協力の賜物
マイクロソフト社の幹部という華々しいキャリアを捨て、NPO法人「ルーム・トゥ・リード」を創立したジョン・ウッド氏は、ネパールを始めとした発展途上国の恵まれない子供たちのために、本の寄付や学校の設立に取り組んでいます。
彼もまた、ネグロポンテ氏同様に、ビジネス界を牽引する人々に「地方の貧しい子供を助けても、会社には何ももたらさない」と、貧しい子供たちの支援に消極的な態度を取られたことがあり、ショックを受けた経験がありました。それでも、協力(資金)が無くてはプロジェクトは進まないことから、ウッド氏はマイクロソフト時代を思い出し、この活動が子供たちの未来を変えることのできる素晴らしいものであることを売り込む「営業マン」に徹することを決意したのです。(3)
世の中の多くの人は、無意識のうちに慈善活動とビジネスは真逆の世界のものと考えているかもしれませんが、慈善活動もビジネスと同じように“資金”は必要不可欠であり、ルーム・トゥ・リードもOLPCもたくさんの支援を受けることができたのは、世界の子供たちの未来を支える正しいプロジェクトであったことはもちろん、資金を集めるためプロジェクトをビジネスのように売り込んだことも要因の一つでした。
↑慈善活動もビジネス同様に「資金」は必要不可欠
孔子の言葉を記録した論語には、「子曰わく、徳は弧ならず、必ず鄰有り」という言葉が記録されていて、思いやりの心、品のある行動や考え方ができる人はずっと孤独ということはなく、必ず身近に理解し、協力してくれる人が現れるということを意味していますが、OLPCプロジェクトにたくさんの協力者が集ったのも、「徳は弧ならず、必ず鄰有り」ということだったのでしょう。
ネグロポンテ氏の、世の中の子供たちにより良い教育環境を提供していきたいという、世の中のためを思った考えがたくさんの協力者を呼び寄せてきた事実は、良いことをしていれば必ず協力者が現れるということを証明しており、ネグロポンテ氏はTEDに登壇した際、このプロジェクトに参加してくれた協力者たちについて次のように述べました。(4)
「ミッションに共感してくれる人たちが集まってくれる。しかも、最高の人材が。」
↑世の中にとって正しいこと、必要とされていることをしていれば必ず誰かが手を差し伸べてくれる (リンク)
日本でも発展途上国を支援する取り組みは行われていて、発展途上国の飢餓問題を解決しようと、NPO法人「TFT(テーブル・フォー・ツー)」は、発展途上国の子供たちに給食を提供するための活動を続けています。
このプログラムでは、対象となる食品を購入すると1食につき20円の寄付金がTFTを通じて発展途上国に送られて学校給食費用として使われるのですが、発展途上国では20円というのは給食1食分の金額にあたるため、TFTに参加して1食とるということは、遠く離れた発展途上国へも1食贈るという仕組みになっています。
↑子供たちの飢餓問題を解決するため、給食の提供を目指す
非営利とは言っても、団体の運営には必ずいくらかのお金はかかるため、寄付金20円のうち4円は運営のための経費にあてているのですが、「寄付金は全額発展途上国へ送られるべき」といった声を投げかけられるなど、TFT代表の小暮真久氏は幾度となく困難を感じてきました。
それでも、「世の中のためになることをしているのだ」と自分を信じて活動を続けた小暮氏は、社員食堂プログラムを軸として企業単位の参加をお願いするという方法から、全国展開しているカフェ・レストランやファミリーマートを含むコンビニチェーン店などの大手企業を通じてより多くの人が参加できるようにシフトしていったことで、初年度の2007年にアフリカに送られた寄付金は約5万7000食分だったものが、3年後の2010年にはなんと約580万食分にまで増加したのです。(5)
↑「世の中のためになること」を続けた結果、協力者は驚くほど増加
前例のないスケールの大きいプロジェクトでも、社会に確実に役に立つことが理解されると、一流企業やトップクラスの人たちほど協力を買って出ようとし、世界が動きはじめるということは、このOLPCやTFTの取り組みからも分かることでしょう。ネグロポンテ氏は、人が集まることで不遇な環境におかれた人々を救えると信じており、人間同士の繋がりについて自身の考えを次のように話しています。
「都市のいろいろな場所が道路でつながっているように、人間同士も自由につながることが基本的人権の基になると考えている。」
世の中のためになるような正しいことをしていれば、その取り組みが非現実的であっても、無駄だとか不可能だと批判する多くの人の存在をよそに、常識に惑わされずにそれが必要な行動であると察知した、トップを走る人たちから手を差し伸べてくれるものなのです。
1. ウォルター・ベンダー 、チャールズ・ケイン、ジョディ・コーニッシュ、ニール・ドナヒュー 「ラーニング・レボリューション―MIT発 世界を変える『100ドルPC』プロジェクト」 (2014年、英知出版) p5
2. ウォルター・ベンダー 、チャールズ・ケイン、ジョディ・コーニッシュ、ニール・ドナヒュー 「ラーニング・レボリューション―MIT発 世界を変える『100ドルPC』プロジェクト」 (2014年、英知出版) p116
3. ジョン・ウッド 「マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった」 (2013年、ダイヤモンド社) Kindle 931, 1265
4. ウォルター・ベンダー 、チャールズ・ケイン、ジョディ・コーニッシュ、ニール・ドナヒュー 「ラーニング・レボリューション―MIT発 世界を変える『100ドルPC』プロジェクト」 (2014年、英知出版) p56
5. 小暮真久 「社会をよくしてお金も稼げるしくみのつくりかた―マッキンゼーでは気づけなかった世界を動かすビジネスモデル『Winの累乗』」 (2012年、ダイヤモンド社) Kindle 308
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