1989年に出版されたウォレン・ベニス氏による著書「リーダーになる」は21か国語に翻訳されベストセラーとなり、現在でも書店に行けば多くのリーダーシップ関連の書籍がところ狭しと並べられているように、今も昔も人々のリーダーシップに対する関心は強いことが分かります。
しかし、哲学や倫理学を専門に研究している鷲田清一氏は著書「しんがりの思想」の中で、リーダーシップがもてはやされていることは非常に奇妙であり、全員がリーダーになろうとする集団は集団としてすぐに崩れてしまうと指摘し、その理由を次のように説明しました。(1)
「結集力としなやかさを併せもった集団には、黒子や相談役、脇役や縁の下の力持ち、『兵隊』や『駒』が要る。メンバーそれぞれには表に出たり、裏に回ったり、先に偵察に行ったり、しんがりを守ったりと、さまざまの役割があるのであって、みなが『おれが』『わたしが』としゃしゃり出てくるような集団は、組織としては絶対にうまく機能するはずがない。」
↑みんながみんなリーダーになろうとするとチームの歯車が狂う
リーダーだからといって常に先頭をキープするのではなく、たまには後方に回っていつもの役割を他人に任せることも、新しい解決策やアイデアを生み出す一つの方法なのかもしれません。実際、このような方法を実践しながら、町の活性化に向けて取り組んでいる地域があります。
2014年4月、福井県鯖江市役所に女子高生だけで構成された「JK課」が正式に発足しました。現在では第3期生が新しく加わり、多くの移住者を呼び込むなど順調に活動が行われていますが、このJK課は慶応大学特任助教であり、社員139名全員がニートで取締役というユニークな企業「NEET株式会社」の会長を務める若新雄純氏がプロデュースしたものです。(2)
↑街づくりのリーダーは専門知識も何もない普通の女子高生
民間企業などが女子高生と組んで商品開発やマーケティングを行っている例は珍しくありませんが、「女子高生と自治体が組んだまちづくりプロジェクト」というのは日本初の試みで注目を集めています。
この「JK課」誕生のきっかけは地元の市民団体が行っていた「地域活性化プランコンテスト」に若新氏が参加したことで、初めて参加した若新氏は、このコンテストの参加者は町づくりや町おこしに強い興味・関心を持っている人が多いゆえに、似たような知識やアイデアを持っている人たちばかりが集まっていることに気付きました。(3)
↑専門家のアイデアは素晴らしいが似たり寄ったりで新しさに欠ける
似たような類の人たちですから出てくるアイデアも似たようなものばかりで、これでは町を変えることはできないと考えた若新氏は、プロではなく素人の力が必要であることを思いついたのです。
そこで、今までにないちょっと違った“空気”を入れるため、町づくりに関してはまったくの素人でありながら、地域に密着していて意外と鋭く町を考察しているかもしれない女子高生を巻き込む政策を提案し、JK課が誕生しました。
↑女子高生独自の視点から新しいものが生み出される
もちろん、自分たちで町をつくっていくということに興味があるという女子高生たちが集まったのですが、“地域活性化”という言葉すらも「最初に聞いた時は何のことか意味がわからなかった」と言うほど、彼女たちは町づくりに関する情報もなければ、それ関連の知識も持っていなかったそうです。
しかし、JK課プロデューサーの若新氏は彼女たちの素人の感覚こそが重要であり、従来は大人たちが中心で担っていた役割を女子高生に担ってもらうことで、今までにはなかった新しい発想が生まれたりするなどの利点があることを強調し、次のように述べています。(4)
「JK課では女子高生のメンバーが活動の中心です。なにをやりたいのか、なにをやるべきなのか、そしてなぜやるのかをすべて彼女たち自身で考え、決めていきます。大人たちはその実現性を高めるためのサポーターであり、重要な『脇役』です。」
↑女子高生にリーダーの座を譲り、脇役を経験する
当初は、役所の仕事に女子高生を巻き込む斬新なアイデアに対し多くの批判も寄せられ、高校生は未熟であると決めつけ参加応募を禁止にした高校や、女子高生という素人に何ができるのかといった声も上がるなど、JK課の印象は良いものではありませんでした。
批判的な意見を訴える大人たちの心底には「未熟な女子高生などに街づくりなどできるはずがない」という凝り固まった考えがあったのでしょう。このような単眼的な見方が集団の“しなやかさ”を失わせているのかもしれず、養老孟司氏の著書「バカの壁」にも次のような言葉があります。(5)
「あんたの言っていることは、100パーセント正しいと思っているでしょう。しかし人間、間違えるということを考慮に入れれば、自分が100パーセント正しいと思っていたって50パーセントは間違っている。」
↑専門家が絶対正しいということはあり得ない
専門家やリーダーが「自分の意見が絶対正しい」という考えを持ってしまうと、彼らよりも優れたアイデアがあるかもしれない素人や部下の意見を排除してしまうことに繋がってしまい、可能性の幅を狭めることになりかねません。
冒頭でも、鷲田清一氏の「集団には表に出たり裏に回ったりなどのさまざまな役割がある」という言葉を記しましたが、普段は裏方にいて目立たない人たちが表に出てくることで集団の空気が変わり、今までにはなかった新しい良いアイデアの発掘にも結びつくため、集団ではつねにリーダーだけがリーダー役を担っていればいいというわけではないのです。
↑全員がリーダーになって、全員が裏方に回るときがあっていい
市長や市の職員たちはJK課への偏見を払拭するため、学校職員と女子高生の保護者たちへの説明会を開催し、納得してもらったことでJK課は実現することになりました。
現在、鯖江市ではJK課が設置されたことで地域イベントの企画・プロデュースや、市の情報を発信するインターネット放送局の運営が始まっており、さらに市営バスサービスの改善など、高校生ならではの目線で発案された企画が実際に動き出しています。(6)
その他には、図書館の利用状況をスマートフォンで確認できる「図書館アプリ」の開発などがあり、既に運用されていますが、これは図書館をよく利用する高校生だからこそ生まれたアイデアで、“役所のオジサン”たちからは出てこない不満や発想が公共サービスの向上に繋がっているようです。
↑女子高生を通して見えなかったものが見えてくる
高級ホテルブランドで知られる「ザ・リッツ・カールトン」が最高のおもてなしを提供する一流ホテルであり続けているのも、ベルボーイや清掃係をはじめとした縁の下の力持ちがいるためで、従業員全員が一丸となって“一流のサービス”を提供しています。
宿泊者の大事な忘れ物を届けるために新幹線に飛び乗る清掃係や、時間外にプールを利用したいと希望する宿泊者のために施設を準備するベルボーイなど、一見“身勝手”な行動を起こしているようにも思えますが、すべてはホテル利用者に期待以上のサービスを提供するホテルであり続けることを目標としており、このようなスタッフの行動が「リッツ・カールトン」というブランドを支えているのです。(7)
↑一つ一つの行動はすべて一流ホテルを支えるため
企業には組織をまとめる社長がいなければならないように、集団にはメンバーをまとめるリーダーがいなければならず、リーダーは集団にとって重要なポジションであることは間違いありません。ただ、リーダー以外の人たちもリーダーと同じくらい、あるいはそれ以上に重要な存在であることも事実です。
そのことを意識しながら、これからはリーダーになることばかりに固執するのではなく、鯖江市役所の街づくりに奮闘する女子高生や、一流ホテルの伝統を守り抜くリッツ・カールトンの従業員を手本とし、集団の中で自分にできることややるべきことに目を向けて行動してみてはいかがでしょうか。
いつもと違った角度から集団全体を見渡すことで新しいアイデアが生まれ、あなたのそのアイデアが集団を成長させていくかもしれません。
1. 鷲田清一 「しんがりの思想 反リーダーシップ論」 (2015年、角川新書) Kindle 50
2. Discover Japan編集部 「Discover Japan Vol.65」 (2017年3月号、エイ出版社) Kindle 137
3. 若新雄純 「創造的脱力 かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論」 (2015年、光文社) Kindle 608
4. 若新雄純 「創造的脱力 かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論」 (2015年、光文社) Kindle 708
5. 養老孟司 「バカの壁」 (2007年、新潮社) Kindle 1832
6. 若新雄純 「創造的脱力 かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論」 (2015年、光文社) Kindle 685
7. 小杉俊哉 「リーダーシップ3.0 カリスマから支援者へ」 (2014年、祥伝社新書) Kindle 1191
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