日本から直線距離で約14,000km離れた南極大陸の東オングル島に、南極大陸を観測するための施設、「昭和基地」があります。
これは、当時、世界各国が協力し合って未知の世界だった南極大陸を調査しようと計画したことがきっかけとなって1957年1月29日に誕生したもので、60年経った2017年1月29日、この昭和基地は“還暦”を迎えました。
昭和基地では天文・気象・地質・生物学の観測が行われており、この観測を行うために派遣される調査隊「南極地域観測隊」のうち、1年間に渡って南極で観測を続ける隊を「南極越冬隊」と呼んでいます。
↑世界が南極大陸に目を向け始めてから60年が経過した
南極越冬隊には短期間基地を離れるメンバーは多少いるものの生活の基盤は昭和基地であり、隊員同士、気の合う人、合わない人、馴染めない人などがいる中で、南極越冬隊の隊員たちは1年の間みんなで一緒に基地内で過ごし、1日3度の食事も毎日同じメンバーで共にするため、家族以上の絆の強さを感じる隊員たちもいるようです。(1)
↑南極大陸という過酷な環境が隊員たちの絆を深める
隊員には料理人、医師、水を作る人、発電機を運用する人、車両を修理する人など、さまざまな分野の担当者がいて、公募で選ばれる医師や料理人など以外は企業や団体などからの派遣で構成されています。
大手電気通信事業者であるKDDIも、ネットワーク全般の運用保守を担当しているため、毎年1名の社員を派遣しており、2013年から1年2か月の間、第55次南極越冬隊の一員として濱田彬裕氏が派遣されました。
濱田氏は、過去に南極越冬隊の隊員として昭和基地で勤務した経験のある先輩から、「業務はKDDIの代表として派遣されるので、何でもひとりでこなさなくてはならず、求められるものは大きい」といった言葉を聞くうちに、自分がどこまでひとりでやれるのかを試してみたいという思いが大きくなり、南極越冬隊への参加を決意したのです。
↑今までとは異なる特殊な環境で自分の力を試したい
実際、業務にあたってみると仕事の大変さは想像以上で、KDDIが提供している衛星通信設備が設置されたインテルシェルターは昭和基地から500メートルほど離れた場所にあり、たとえブリザード(暴風雪)で普通なら外に出られないような時でも、一度通信障害が起きてしまえば数メートル先も見えないような中をロープをつたって現場まで行かなくてはなりません。
南極大陸の一番寒い時期の気温はマイナス40度、沸騰したお湯を空中に撒くと一瞬で氷に変わってしまうほどの極寒ですから、諸々の作業が容易ではないことは想像ができますし、濱田氏は現地での任務について「まさに命がけの作業」だったと話しています。
↑南極大陸で頼れるのは自分自身
また、南極越冬隊は14ヶ月は帰国が許されない中で、体力面も精神面も普段では想像の及ばない厳しさを強いられるため、隊員になるには身体検査の他、隊員たちの性格の特徴や無意識的な衝動や欲動、知覚パターンなどを分析する心理テスト「ロールシャッハ」もパスしなければなりません。
それは例えていうなら宇宙飛行士のような条件なのかもしれませんが、派遣された濱田氏が経験した苦労をみても、そこまでして選別する必要性があることは納得できるでしょう。
体力面以外でも、通信障害などでインターネット接続やメール・電話が使えなくなると隊員たちはストレスを感じ、そのストレスは衛星通信の運営保守を担当している濱田氏に向けられるため、技術面、体力面、そして精神面でも「まさに自分の力が試されていた」そうで、濱田氏は昭和基地での14ヶ月を次のように振り返っています。
「野菜が食べられないことや寒いことよりも、それ(他の隊員たちのフラストレーションが自分にぶつけられること)が辛かった。でも、(中略)つながるようになったら皆から『ありがとう』とお礼を言われるのはうれしかったです。」
↑肉体的・精神的にも厳しい環境の中、自分の力でやり遂げた経験は今後の自信につながる
濱田氏がKDDIを背負いながら、14ヶ月間たった1人で過酷な南極大陸での任務をこなすことができたのは、彼の知識や技術が豊富であったことはもちろん、周囲から発せられるプレッシャーをも、力を発揮する起爆剤になっていたのかもしれません。
南極越冬隊には料理人が含まれていると前述しましたが、極地研究家で南極での越冬を2回経験している神沼克伊氏は「コックは毎食ごとに勤務評定を受けるという意味では、越冬隊員の中で一番厳しい状況に置かれている」と述べており、毎日1日3回“テスト”があるような生活の中で、料理人は隊員からのリクエストに応えるため努力や研究を欠かさないと言います。
↑隊員たちのリクエストに応えることも“南極料理人”の務め
料理人として南極越冬隊に参加し、その経験を記した「面白南極料理人」の著者でもある西村淳氏も、隊員たちが満足するような食事を作るために奮闘した南極料理人の1人で、隊員たちの「新鮮な野菜が食べたい」や「牛乳は毎日欠かさず飲みたい」などのリクエストに頭を悩ませました。(2)
それというのも、昭和基地の隊員たちが1年間に消費する食料の重さは飲料も含めると約30トン、これら1年分の食料を一気に南極大陸に運ばなければなりませんし、また、南極大陸ではすべての食料を冷凍・乾燥・缶詰のいずれかで保管しているのため、“新鮮な食べ物”を手に入れること自体が難しいのです。(3)
↑冷凍野菜で“新鮮なもの”を作り出す
それでも西村氏はどうにか隊員たちのリクエストに応えようと、南極大陸へ出発するまでの時間は野菜の冷凍保存の研究をしたり、時には専門の業者に頼って美味しさをキープできる野菜の冷凍方法を研究に時間を費やしました。
声をかければ誰でも協力してくれたわけではなく、牛乳の保存方法について食品メーカーに問い合わせの電話をかけたところ、相手にされず適当にあしらわれることもありましたし、「南極観測隊」と名乗ったところで信頼されることはなく邪険に扱われることも多々あり、西村氏は「精神的に辛かった」と述べています。(4)
↑料理人は常に隊員たちの体調なども考慮しながらメニューを考える
料理人の西村氏と同じく、KDDIから派遣されていた濱田氏も、他の隊員たちからの不満や要求に応えようと荒れた天候の中であっても業務を全うしていましたし、集団の中でお互いに要求し合うことで個々のパフォーマンスは向上するのでしょう。
アメリカの経営学誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」によれば、私たちは、お互いに不満を持たず仲の良い集団であればあるほど、生産性が高く良いチームになると信じがちですが、実はそれとは逆の、お互いに不満を持っている集団の方がより生産性の高いチームになると言われています。
これは、お互いに不満をぶつけ合うことで自分の不足している能力が明確になり、不足している部分を補うには今後どこに注力すればいいかが明らかになるためで、実際、お互いに不満を持っている管弦楽団とメンバーに何の不満も持っていない管弦楽団の演奏を比べると、不満を持っている楽団の演奏の方がレベルが高いのだそうです。
↑メンバーに不満を持てば持つほどパフォーマンスは上がる
南極越冬隊の隊員たちは企業や団体を代表して派遣されているわけですから、一人一人が自分の仕事に責任を持ち業務を行わなければならず、肉体的・精神的にも過酷な南極大陸、昭和基地で「自分の仕事を自分一人でこなさなくてはいけない」と必要に迫られるという苦労の大きさは計り知れません。
しかし、隊員たちの不満やリクエストが絶えない集団の中だからこそメンバーたちは仲間の期待に応えようと行動し、その結果、集団は一人一人の能力が高いハイパフォーマンスなチームへと成長していくのです。
1. 神沼克伊 「白い大陸への挑戦―日本南極観測隊の60年」 (2015年、現代書館) p155
2. 西村淳 「面白南極料理人」 (2008年、新潮社) Kindle 374
3. 西村淳 「面白南極料理人」 (2008年、新潮社) Kindle 285
4. 西村淳 「面白南極料理人」 (2008年、新潮社) Kindle 410
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