人類がデザインした最初のゲームアイテムは、古代リディア人が発明した羊の足の関節から作られたダイスだと言われています。ギリシャの歴史家ヘロドトスによれば、リディア人は深刻な飢饉の時期にこのダイスゲームに没頭し、苛酷な現実を一時の間忘れ、18年に及ぶ飢饉を耐え忍んだそうです。
今日のゲームも、退屈で閉塞的な現実を忘れさせてくれます。経済学者のエドワード・カストロノヴァ氏は、世界中で「ゲーム空間への大脱出」がはじまっていると言いますが、2016年における日本国内のパソコン、家庭用ゲーム機、スマートフォン、タブレットなどを継続的に使用してゲームをしているプレイヤーは4,336万人にも上るそうです。(1)
↑世界中で「ゲーム空間への大脱出」がはじまっている
海外ではこの傾向はさらに顕著で、中国では毎週最低22時間をゲームに費やすゲーマーが600万人、アメリカには平均週に45時間をゲームに費やす熱狂的なゲーマーが500万人以上もいます。(2)
興味深いことに、全米退職者協会の調査によると、アメリカには50歳以上のゲーマー人口も4,100万人に達しており、うち10人に4人が毎日ゲームをプレイしているとのことです。
日本ではゲームに対してネガティブなイメージを持っているのが一般的で、2014年に行われた調査によれば、「ゲームで遊ぶことが子供の発育・成長にどんな影響を与えると思うか?」という質問に対して、「良い影響がある」と答えた親は全体のわずか3%、「どちらかといえば良い影響がある」と答えたのも10.1%だったのに対し、「どちらかといえば悪い影響がある」との回答は40.4%、「悪い影響がある」と答えた人も10.3%に及びました。
↑ゲームに対して、圧倒的にネガティブイメージが強い日本
しかし、その理由として「現実逃避」「コミュニケーション力が育たない」「ゲームの時間が増えれば学習に支障が出る」などの点が挙げられているのを見ると、中にはゲームに対する偏見があることも伺えます。
例えば、世界中で何億という人々がプレイしているオンランゲームは、共通の敵を倒したり、目標を達成するためにはコミュニケーションが不可欠ですし、ARG(代替現実ゲーム)と呼ばれる体験型ゲームは、日常生活をゲームの一部として取り込み、プレイヤーの行動によってリアルタイムにゲームが展開していくため、現実から逃避するどころか、現実としっかり結びついていなければなりません。
↑ゲームの中でも共通の目的を持ってコラボレーションしている
例えば、2007年にイギリスのケヴァン・デイヴィスによって開発された「チョアウォーズ」というARGがあります。これは、家事管理システムのためのゲームであり、多くの人にとってしぶしぶやらなければならない家事を、このゲームを使うことによって自発的、自律的な仕事に変えることが可能になります。
ルールは簡単で、自分のアバターを設定し、RPGをプレイするように家族や友人とパーティーを組みます。その後、「皿洗いをする」「トイレ掃除をする」「洗濯をする」といったミッションを決め、実際にそのミッションを完了したら、ゲーム上でそれを報告し、経験値や財宝を手に入れることができます。さらに、得た金貨を現実世界でどのように使えるかを前もって決めておけば、例えば、先に金貨を30枚集めたら、子供にお菓子を買ってあげるとか、友人にコーヒーをおごるという報酬もあります。
↑毎日仕方なくやらなければならない家事も、ゲーム化すれば行うハードルが下がる
また、クラウドを利用したゲームが現実世界そのものを変えた事例もあります。2009年、イギリスの「ガーディアン紙」の記者たちは、議員の汚職に関連した100万枚もの膨大な政府文書を手に入れた際、どの文書が証拠になるのか調査するために、「地元選出議員の経費を調べよう」というゲームをデザインしました。
税金を不正使用して自宅に「アヒルの休憩所」を作った議員もいたということに市民は呆れ、このゲームへと駆り立てられたそうで、クラウドによってつながったゲーム参加者には、文書を一枚一枚じっくりと調べて、どこかに「アヒルの休憩所」の領収書がないかを探すというミッションが与えられており、そのプロセスで他にも何か興味深い情報が出てきた場合は「これを調べろ!」ボタンをクリックするようになっていました。
↑領収書を探して、不正を暴く楽しいゲーム
このゲームによって、わずか3日のうちに2万人以上のプレイヤーによって17万通もの文書が調査され、結果として28人の議員が辞職や引退に追い込まれ、4人の議員に対する刑事訴訟の手続きが行われ、法律も改正、さらに何百人もの議員が合計12万ポンド(約1,630万円)の返還を命じられたのです。
↑ゲームが現実の汚職問題を解決し、法律を改正につながった
また、ゲームが「学習に支障が出る」という指摘もやや筋違いで、ゲームデザイナーのジェーン・マゴニガル氏によれば、「ゴッドゲーム」と呼ばれる神の視点で地球や文明を成長させるシュミレーションゲームによって、日常的には決して経験しないようなタイムスケールで物事を考える「長期的思考」が養われると言います。
さらに、同氏によれば、このタイプのゲームをプレイすることにより、世界の複雑で網の目のようにつながり、依存し合った関係を見抜き、予測する「生態系思考」、最善の策を見つけるために小規模の実験を設計し、実施する「パイロット実験」も培うことができるそうです。(3)
「ワールド・ウィズアウト・オイル」というゲームもそうした3つの視点が必要とされるゲームで、石油が枯渇した世界において、自分の生活がどのように変化するかストーリーを作って、メールや写真、動画などで投稿し、その評価を競うというものです。ある参加者はこのゲームの感想を次のように語りました。
「この経験は私にとって信じがたいものだった。とても多くのことを学び、日常生活の小さなことでも新しい視点から考えるようになった。みなさんのストーリーは私に希望を与えてくれた。」(4)
↑ゲームによって現実世界ではとても体験できないようなことが簡単に体験できる。
こよなくチェスを愛したアインシュタインは、「ゲームはもっとも高度な研究形態である」と述べましたが、それはゲームが多くの日本人が考えているようなネガティブなものではなく、私たちの思考を拡大し、啓発を与え、問題解決の方法を提示してくれるからだったのかもしれません。
前述したギリシャの歴史家ヘロドトスによれば、ダイスゲームで遊んでいたリディア人は18年の飢饉の後、一つの賭けにでたそうです。王は王国を二つに分け、ダイスゲームで勝負し、ゲームの勝者は壮大な冒険に出かけるという賞品を手に入れます。勝者は、新たな地を求めて旅立ち、現在のイタリアのトスカーナ地方に住み着いて、高度なエリトリア文化を創り上げ、ここに繁栄したエリトリア人は、西洋文明の基礎となったローマ文化に影響を与えたことで知られています。
↑ダイスゲームがローマ帝国の基礎を作り上げた
ゲームで厳しい現実に対処する方法を学び取ったリディア人のように、現代のわたしたちもゲームには現実の閉塞感を打破する力があり、希望を与え、問題の解決を可能にする新たな視点を与えてくれることを認めるべきでしょう。
一見、退屈で意義のないように思える現実をゲーム化することができれば、またゲームを楽しむように日常を生きることができれば、私たちは幸せになるための新たな視点を手に入れることになります。つまり、幸せは外的な要因に依存しているのではなく、自分の内面の変化と関係しているということなのです。
(1) ジェイン・マクゴニガル「幸せな未来は『ゲーム』が創る」(早川書房、2011年)Kindle版、151
(2)ジェイン・マクゴニガル「幸せな未来は『ゲーム』が創る」(早川書房、2011年)Kindle版、160
(3)ジェイン・マクゴニガル「幸せな未来は『ゲーム』が創る」(早川書房、2011年)Kindle版、6484
(4)ジェイン・マクゴニガル「幸せな未来は『ゲーム』が創る」(早川書房、2011年)Kindle版、6764
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