少し前まで、「デザイン」という言葉は、iPhoneをはじめとする多くのアップル製品のデザインを手がけたジョナサン・アイブのようにモノの外見を美しくデザインする人達のためにあるような言葉で、普通のビジネスマンやクリエイティブな作業をあまり得意としない人達には、あまり関係のない言葉でした。
もちろん、今後も従来のデザイナーと呼ばれる人の需要は伸び続け、中でも「デザインとテクノロジーの交差点」という言葉を頻繁に使ったアップルの工業デザイナーの給料は、同社のソフトウェアエンジニアの給料よりも遥かに高いことは有名ですが、工業生産から創造やサービスの提供に世の中の需要がシフトしていく中で、直線ではなく、デザイナーが真っ白な紙に「人間味のある線」をスケッチするような思考の仕方が、デザイン以外のビジネスの場にも日々求められ始めています。
↑デザイン思考「iPhoneをデザインした考え方がビジネスやプロセスのデザインにも求められるようになる。」
むしろ、従来のデザイナーと呼ばれる人達は、ビジネススーツと真面目なビジネス論理の世界に生きようとしない不真面目な人達だとして、社内では孤立してしまっている場合が多いという話もよく聞きますが、マッキンゼー出身の経営コンサルタント、トム・ピーターズが「MFA(Master of Fine Art/芸術)が新しいMBA(Master of Business administration/経営)」と指摘しているように、アメリカのビジネス・スクールでは絵画、製版、そして写真のプログラムも授業に加えられており、現在では多くの大学がビジネス上でも常識にとらわれない「デザイン思考」を身に付けた卒業生を生み出そうとしています。(1)
↑MFA(芸術)が新しいMBA(経営)
MBAが論理的思考を基本とした、効率的なやり方を考えるのに対して、デザイン思考は「発想を変える」という意識を大切にし、考え方を通じて、効率的で快適な生活を実現するのではなく、それを超えて心が和む「豊かな暮らし」へと評価軸を移すことで、科学や芸術、そして人間工学など様々なプロセスを絡めながら、ビジネスを組み立てていきます。(2)
デザインの仕事の本質は時代の社会性や経済性、そして文化的背景や技術のロードマップなどを基に、未来へのあるべき姿を構造し、新しい価値を生み出すことにありますが、「デザイン思考」もこの考え方をベースに客観的な正しさよりも、主観的だが面白いストーリーや、「そのモノを使う人の人生」について議論することで、人の生活を通じて、製品のあるべき姿を考えるというアプローチを行なっていきます。(3)
↑効率的な生活ではなく、「豊かな暮らし」をデザインしていく
実際、多くの「困った」が解決されている先進国では、ただ消費者の問題を解決するのではなく、そのモノやサービスによって「感じられる良さ」を追求していく必要があり、五感を刺激する良さのために機能や性能が存在しているという前提に立たなければなりません。(4)
これまでのデザインや顧客体験というものは、マーケティングから生まれ、市場を刺激することで、消費を促すという目的が大きかったのですが、日本には新幹線のように環境性と機械的性能とに裏打ちされたカタチに作り込んだことが、独特なカタチにつながり、文化的な影響力をもたらしたことで、人々が速く移動するというライフスタイルを作り出していったという事例や、50年ほど前、人口の4人に一人が65歳以上になるという高齢化社会を予測して、「人にやさしいモノづくり」を意識したことが、メイド・イン・ジャパンとして世界に認めらた要因になったことなど、デザイン思考を使って成功した例がいくつもあります。(5)
↑人々が速く移動するというライフスタイルを作り出した新幹線
デザイナーは何かをデザインする時、好きだと思う写真をイメージ検索で50枚〜100枚集めて、まず理想のイメージを頭の中にインプットした後で、作業に入ることも多くありますが、アイデアを出す時も、絵で表現すると、言葉で表現した時とは全く違った結果が得られ、世界的に有名なアメリカのデザインコンサルティング会社、IDEOの創立者であるティム ・ブラウンは「視覚的に処理していかないと、思考が行きづまる」と述べています。
ピカソは大人になる過程で、子供の頃の資質をどう維持し続けるかが、アーティストとしての才能を大きく左右すると述べていましたが、言葉指向の論理的な大人へと成長していく過程で、絵を描くという初歩的な能力を私たちは忘れてしまい、常に今考えている課題の答えは一つだと思い込みがちですが、恐らく命題に関する答えはひとつではなく、たくさんある、という前提から考えることを始めていかなければなりません。
↑視覚的に処理していかないと、思考が行きづまる
もしかすると、最近の日本にデザイン思考の概念がないのは、新しいモノだけを良しとして、過去のモノには正しさがないと思い込んでいることが一つの要因かもしれません。
例えば、韓国や中国は日本を追い上げる立場にあるので、韓国車や中国車のデザインはもの凄い勢いで進化していますが、先人たちがしっかりと残してくれた日本車の歴史がある中で、韓国や中国と同じところで勝負していても意味がないのではないでしょうか。
どちらにしても、もうハイテク技術だけでは、人々を動かすことができないのは、間違いないでしょう。
現在、イノベーションを起す多くの企業や大学が「デザイン思考」という概念を取り入れているのは、「デザイン思考」が過去と未来を交差させる一番の近道だからなのかもしれません。
1.ティム・ブラウン「デザイン思考が世界を変える」(早川書房、2014年) P199
2.福田哲夫「新幹線をデザインする仕事-「スケッチ」で語る仕事の流儀」(SBクリエイティブ、電子書籍版2015年)Kindle P181
3.佐宗邦威「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」(クロスメディア・パブリッシング、電子書籍版2015年)Kindle P963
4.守山久子「バルミューダ-奇跡のデザイン経営」(日経BP社、電子書籍版2015年) Kindle P1227
5.福田哲夫「新幹線をデザインする仕事-「スケッチ」で語る仕事の流儀」Kindle P387、P621
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