皇族八条宮の別邸として京都市西京区に創設された「桂離宮」は、ドイツの建築家、ブルーノ・タウト氏が「泣きたくなるほど美しい」と称賛したことでも有名で、その美しい姿を一目見ようと、今日も国内外から多くの人が訪れています。(1)
そんな桂離宮は、今から40年前の昭和51年に修復工事が始められました。江戸時代初めに建てられたこともあり、350年という時を経ていた桂離宮の壁には亀裂が走り、柱も傾くなどして老朽化は激しく、基礎の部分まで手を加えなければならなかった修復工事は6年間にも及び、まさに大プロジェクトそのものとなったのです。
↑泣きたくなるほど美しい
日本の宝でもある桂離宮の修復工事に集められた腕利きの職人は、計46人、それぞれの分野で一流の職人であり、「美しさを絶対に保つこと」を誓い、このプロジェクトに取り掛かりましたが、1厘のズレも許されない作業に、職人たちはかつて経験したことのないほどの大きなプレッシャーを感じ、一晩で髪が真っ白になってしまった現場監督のほか、精神的な不調を訴える職人や、食欲をなくす職人も現れ始めました。
桂離宮を元通りの姿に戻すためには、たったの一つの失敗も許されず、すべての職人がそれぞれ自分の仕事に対して責任感を持ち、体調を崩して作業に支障を来たしてはならないと生活の一部になっていたタバコをやめた者、交通事故を避けるため、通勤には車ではなく電車を使い始めた者など、このプロジェクトは職人たちの生活習慣までも変えていったのです。
↑「泣きたくなるほど美しい」建物の修復にかかるプレッシャーは計り知れない
自分の腕に自信があった職人たちは、「他ではない自分がやらなければ」という使命感も強く、また職人のひとりは当時の気持ちを次のように語っています。(2)
「何かそこに、使命感というんですかね、使命感がそうさせたんだろうと思います。これだけの建物を残していくためには、一厘でも疎かにはできないという。」
↑何か説明のつかない使命感があった
それぞれで専門とする分野や、得意とすることが違い、異なるアイデアを持つ人員で構成されている集団というのは強い力を持っており、MITやカーネギーメロン大学など、複数の大学の心理学者たちによって行われた「どのような集団がより優れた成果を出すのか」を調査するための研究でも、異なる分野や異なる考えを持つ者で構成される集団が、より良い成果を出すということを明らかにしています。
カーネギーメロン大学の心理学者アニータ・ウーリー氏は、「集団的知性」に個人の知能は無関係であると述べていて、たとえそれがどんなに有能な人たちの集まりであっても、似たような人員で構成されるグループよりも、さまざまな分野の人員で構成されるグループの方が「より良い成果を出す」集団となるのです。
↑「集団的知性」に個人の知能は無関係である
桂離宮の修復プロジェクトを担った職人たちは、棟梁、左官、庭師、さらには学者までもが加わっており、バックグラウンドや専門とすることのすべてが異なっていましたが、桂離宮の、深い歴史を感じさせる雰囲気を保ったまま綺麗な姿に戻すという共通の目標のもと、プロジェクトに取り組んでいました。
それぞれが使命感を持ち、一つの同じ目標に向かって共同作業をしていくことで発揮される力の大きさは計り知れず、「できる、できないは考えません。やらなくてはいけない、だからどんなことをしてでもやる」という言葉からも、職人たちがどれほどの覚悟で取り組んでいたかが伺えます。(3)
↑できる、できないは考えない、やらなくてはいけない
現KDDIの創業者である稲盛和夫氏は、仕事を行う上で、人はそれぞれ違うからといって個々に行動してはならず、ベクトルの方向はいつでもそろえておかなければならないと述べており、その理由を次のように説明しています。(4)
「集団を構成する、個々の人々の志向が一致していないと、力が分散してしまい、大きな力を発揮し続けることができないからです。そのため、常に集団のベクトルをそろえておく必要があるのです。ベクトルをそろえるとは、考え方を共有していこうということです。人間として考え行動していくための、最もベーシックな哲学をともにし、それを座標軸に、各人が持てる個性を存分に発揮していこうということなのです。」
↑力が分散しないように、集団のベクトルを揃えていく必要がある
桂離宮のプロジェクトメンバーは、「桂離宮の雰囲気を残したまま修復する」ため、建物を全面的に解体し、基礎から作り直すという大掛かりな方法を選択し、解体された1万を超える部材をできる限り使っていくことを決めました。
もちろんほとんどの木材が傷んでおり修理は必須で、中にはどうしても修理不可能な木材もあり、その場合はまったく同じ形・表情をした新しい木材を探し出さなければならず、調べた丸太の本数は1万本に上ったと言います。
↑泣きたくなるほど美しい雰囲気を残すため1万本以上の丸太を調べる
探し出した後も、新しい木材の部分だけ見た目が違うということにならないよう、新しい木材に歴史の深さを刻まなければならず、薄い硫酸に混ぜたホコリを指で木材に刷り込むことで、問題を解決できたのですが、この作業にあたった職人の指からは指紋が消えるほど過酷なものでした。
それでも、どんな状況であっても、手を抜いたり妥協する職人はだれ一人おらず、見事に桂離宮を蘇らせることができたのは、メンバー全員のベクトルがそろっていたからにほかなりません。
↑職人の指からは指紋が消えるほど過酷なもの
当初、5年間で予定されていた桂離宮の修復工事は、さまざまな問題に直面したことで1年延長したものの、崩壊寸前だった桂離宮は職人たちの手によって、趣を残したままの美しい姿を取り戻し、かつて例を見ない大改修は、職人たちのコラボレーションによって成功しました。
前述したカーネギーメロン大学の心理学者、ウーリー氏は、これからの社会はすべての人が相互に結びつき、知性というものが個人と集団の間で変わっていくだろうと指摘しており、今後は、個人の活躍より集団の中でどのように個人を活かしていくかが問われる社会になっていくのかもしれず、未来の社会を変えていけるのは、優秀な個人よりも、「使命感」を持つさまざまな分野を専門とする人で構成された集団なのかもしれません。
1. NHKプロジェクトX制作班 「桂離宮 職人魂ここにあり ~空前の修復作戦」 (NHK出版、2005年) Kindle 44
2. NHKプロジェクトX制作班 「桂離宮 職人魂ここにあり ~空前の修復作戦」 (NHK出版、2005年) Kindle 416
3. NHKプロジェクトX制作班 「桂離宮 職人魂ここにあり ~空前の修復作戦」 (NHK出版、2005年) Kindle 135
4. 稲盛和夫 「心を高める、経営を伸ばす―素晴らしい人生をおくるために」 (PHP研究所、2004年) Kindle Locations 881
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