「ネクラ(「根が暗い」の意)」「ネアカ(「根が明るい」の意)」という言葉が使われ始めたのは日本がバブル経済に沸いた80年代で、劇作家の山崎哲氏は1988年に朝日新聞の紙面に次のように書きました。
「少なくとも、わずか十数年前まではおとなしくて、無口で、恥ずかしがりやというような『ネクラ』な性質は、むしろ美質とみなされ、好意をもって迎えられていたはずなのに、子どもに限らず、私たち大人も『ネクラ』と言われることにおびえている。」
今では「ネクラ」という言葉はあまり使われなくなったものの、無口で内気な人はビジネスにおいては不利だとされる風潮は世界的に共通するようで、外向的でない状態になれば不安を覚えるという人が多く存在します。
↑ネクラな人は良い仕事をしてもあまり存在感を発揮しない
ニューヨークタイムズ紙によると、アメリカの抗うつ剤の服用者は3,000万人に達し、これは全人口の10人に一人にあたりますが、医学誌『臨床精神医学誌(Journal of Clinical Psychiatry)』のリサーチによると、抗うつ剤を服用する人の実に69%は、うつ病とは診断された人ではないと結論づけており、なんとか常に笑顔で明るい自分であろうとするアメリカ社会を映し出しています。
アメリカの作家 スーザン・ケイン氏が述べるように、実際のアメリカ人は3分の1から半分は内向型人間であるにもかかわらず、持って生まれた性格にかかわりなく、すべてのアメリカ人は外向的に振る舞わなければならず、著名な文化史学者であるウォレン・サスマン氏が次のように強調するとおりです。(1)
「新しい文化において必要とされた社会的な役割は、演技者としての役割だった。すべてのアメリカ人が自己を演技しなければならなくなった。」(2)
↑すべての人が自己を演じなければならなくなった
アメリカ社会で工業化が進み、ビジネスの成功者となることが重視されるようになると、人間の道徳的特性を重視していた「人格の文化」を、感情や意思などの行動特性のみに着目した「性格の文化」に変容させたといいますが、実際にビジネスで成功している人が「外向型人間」というのは、世間にはびこる先入観のようです。
「経営学の巨人」と呼ばれ「マネジメント」などの著作でも知られるピーター・ドラッカー氏は50年に渡り、世界中の経営者、リーダーと共に働き、「彼らは共通してカリスマ的才能をまったく、あるいは少ししか持っていなかった」と述べているように、実情は成功者はいつでも笑顔で、自分の主張を派手にパフォーマンスをするという概念とかけ離れています。(3)
例えば、スティーブ・ウォズニアック氏はアップルコンピュータの創業時、開発作業を毎朝6時半から夜遅くまで一人で行ったと言い、自分の経験を踏まえて子供たちに次のように助言しています。
「もしきみが、発明家とアーティストの要素を持ったたぐい稀なエンジニアならば、僕はきみに実行するのが難しい助言をしよう──ひとりで働け。独力で作業してこそ、革新的な品物を生みだすことができる。」(4)
↑クリエイティブな作業は一人で黙々とやれ
インド独立の父といわれるガンジーも生まれつき、内気で無口だったそうです。長年に渡ってその内気な性格を克服したいと願っていましたが、その内気な性格は彼の「無抵抗主義」へと繋がり、結果として民衆の心を動かしました。ガンジーは自分の内気な性格についてこう述べています。
「私の内気さは、本当のところ、私の盾であり甲羅である。それは成長をもたらす。私が真実を見抜くのをいつも助けてくれる。」(6)
相対性理論によって、まさに世界を変えたアインシュタインは極度の内向型で知られていますが、「私はそんなに頭がいいわけではない。問題により長く取り組むだけだ」と言うように、内向型の人間は、自分で答えを見つけるまで考えることを苦とせず、その道を極めることができるものなのかもしれません。
↑すべての答えは「外」ではなく、自分の中にある
また、内向型の人間は常に自分の内なる声に耳を傾けているためか、周囲の声を聞き、状況を把握することにも長けているようです。
南アフリカ共和国のアパルトヘイトで闘い続けたネルソン・マンデラというと、まさにカリスマ的指導者というイージがありますが、実際はシャイな人であり、俳優のモーガン・フリーマン氏は、映画「インビクタス/負けざる者たち」でマンデラ氏を演じるにあたって、本人の近くで彼の人となりを学んだ際に、「耳を澄まし、目を凝らすように」と教えられたそうです。
さらに、奴隷解放を実現させたアメリカの第16代大統領リンカーンも、政敵たちが自分よりも優れていると感じており、大統領になった際には自分を侮辱したライバルまでも自分の近くに配置し、ともに働くことを選んだといいます。リンカーンはうつ病を患い、自殺を考えるほどの内向的な性質であったからこそ、ライバルや黒人たちなどのそれぞれに異なる意見に耳を傾けることができ、分裂の危機にあったアメリカを自由の国として統合することを達成できたのかもしれません。
↑本当の意味で他人の意見に耳を傾けられる人は、限りなく少ない
心理学の中にも、ひとそれぞれの固有の人格は決まっているという立場もあれば、「状況主義」と呼ばれる立場もあり、後者のスタンスに立つ学者によれば、人間を「外向型」「内向型」というように類型的に分類することなどできず、そのときの様々な状況や目的に合わせて、寡黙になったり、明るく振る舞ったりしているに過ぎないといいます。
ガンジーにしろ、ネルソン・マンデラにしろ、誰もが解決不能に思えた政治問題を解決するのに、彼らの内向的な特質こそが力を発揮したのは事実で、自分の生まれつきの性格がどうであったとしても、わたしたち誰もがもっと日常の些細な事にも思慮深く向き合い、家族や同僚、友人の話に注意深く耳を傾け、自分の内向的な特質に目を向けてみることは良いことです。
慌ただしい世界の中にあって、ただその潮流に呑み込まれるよりも、時には「ネクラ」になって孤独な時間を持ち、自分との対話を楽しむなら、私たちの内面から世界は変わっていくに違いありません。
(1)スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』(講談社、2015年)Kindle版63
(2)スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』(講談社、2015年)437
(3)スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』(講談社、2015年)1010
(4)スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』(講談社、2015年)1273
(5)ジェニファー・B・カーンウェイラー『内向型人間がもつ秘めたる影響力』(すばる舎、2013年)p178
(6)スーザン・ケイン『内向型人間のすごい力』(講談社、2015年)Kindle版3654
(7)藤沢久美『最高のリーダーは何もしない-内向型人間が最強のチームをつくる!』Kindle版671
(8)ジェニファー・B・カーンウェイラー『内向型人間がもつ秘めたる影響力』(すばる舎、2013年)p169
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