“自分勝手な欲望”を持ってプロジェクトに参戦した研究者と技術者たちが完成させた世界最大級のすばる望遠鏡。「自分のためにやるからこそ、それがチームのためになる」

By 2017-03-29 Story

2016年11月、東北大学やプリンストン大学などのメンバーからなる国際共同研究チームは新たな銀河を観測、「おとめ座矮小(わいしょう)銀河 Ⅰ」と名付けられた今回のこの発見は、銀河系がどのように成り立つのかを知る上で大変価値のある発見であることを報告しました。

この銀河は最も暗い銀河の一つであるため、これまでの観測に使用してきた2.5~4m級の鏡のサイズの望遠鏡は、太陽に比較的近いために明るくて見やすいものや、ある程度明るい銀河の観測は可能であるものの、今回のような暗い銀河を観測することはできず、見落とされていたのです。

今後、銀河を解明していく上でヒントとなり得る重要な発見ができたのも、直径8.2mの反射鏡を備えた、現在世界最大級の「すばる望遠鏡」があったためでした。


↑「すばる望遠鏡」があるからこそ、宇宙に関する新たな情報が解明されていく

すばる望遠鏡は、望遠鏡全体で高さ22.2m、重さ555トンにも及んでおり、もはや“建造物”という表現の方がしっくりくる程の大きさとなっていますが、望遠鏡は、鏡のサイズが大きければ大きいほど、多くの光を集めることができ、より暗い星やより細かい星を観察することが可能になります。

鏡が3~4mのサイズのものでさえ作るのが困難とされていた中で、天文学者である小平桂一氏の「光がとんで何百万年もかかる遠方の、銀河の世界がどうなっているのか、その謎をときあかしたい」という強い思いから、9年の建設期間と約400億円の経費がかけられ誕生したのです。(1)


↑観測に適したマウナケア山頂には各国の望遠鏡が建設されている

そして、すばる望遠鏡の設置場所は、小平氏が約10年の歳月をかけて世界各地を調査し見つけられた場所で、日本人にも馴染み深いハワイに位置する「マウナケア」という山の山頂に設置されました。

小平氏がやっと見つけた標高4200mのマウナケア山は、山頂の空気が平地の60パーセントしかなく、酸素不足でめまいや頭痛、さらにひどくなると吐き気に襲われるなど、何度も訪れている人でさえ体調を維持し続けるのは困難という過酷な環境にあり、会議中も酸素マスクが必要なほどだと言います。

わざわざこんな過酷な場所を選択しなくても良かったのではないかと思う人もいるかもしれませんが、天体観測を行う場所として「天気がよいこと、大気が安定していること(大気が不安定だと星が鮮明に観測できない)、湿度が低いこと、周囲も含め夜空が暗いこと」が必要な条件としてあるため、これらすべての条件がそろっているのが、広い太平洋の真ん中に位置するマウナケアの山頂だったのです。


↑天体観測に必要な条件がすべてそろっているマウナケア山頂は、人間にとっては過酷な環境

観測に必要な条件をすべてクリアしている素晴らしい場所を見つけた小平氏は、できるだけ良い望遠鏡、つまり、大きい鏡を持つ望遠鏡を設置したいと考え始め、宇宙の歴史150億年分全てを見ることができると推測される7.5m以上の鏡を持つ望遠鏡が望ましいと考えるようになりました。

既に、鏡のサイズが5mの望遠鏡はカリフォルニアに存在していましたが、それよりプラス2.5mも大きいサイズで、しかも、前述したとおり鏡が3~4mのサイズのものでさえ作るのが困難とされていた時代でしたから、2倍の大きさの鏡を持つ望遠鏡を作ることは夢のまた夢のようなことです。

それでも、「できない」と決まったわけではないと、小平氏はアメリカにあるガラス会社で、カリフォルニアの5mの鏡製作にも携わった経験を持つ「コーニング社」を訪問、そこで彼を待っていたのは技師たちの次のような言葉でした。(2)

「直径4メートルの鏡でも、厚さは20cmないと、作業がむずかしいのです。8m級で厚さ20cmの鏡の製作に、挑戦してみましょうか。」


↑自分たちの技術を世界に証明するため、前回の5mを超える世界最大の望遠鏡を完成させる

小平氏と面談を行ったコーニング社の技師は4名、いずれの技師も望遠鏡のプロジェクトに興味津々の様子だったのですが、どんなに“ガラスのプロ”であっても8m級の鏡の製作は経験したことがありませんから、本当に可能なのかどうか小平氏は不安を感じていたと言います。

そんな小平氏の不安をよそに、勢いよく興奮しながら巨大鏡製作について議論を繰り広げるコーニング社の技師たちは、自分たちの技術を証明するためにもすばるプロジェクトの一員になって、前回よりもさらに大きい鏡の製作に挑戦したいという意思があったのでしょう。何度も「不可能ではない」という言葉を繰り返す彼らに、小平氏は鏡の運命を委ねることを決意したのです。


↑すばるプロジェクトの一員になってさらに大きい鏡を製作することが目標

8mという巨大な鏡を作るには44枚のガラスを熱で溶かして組み合わせなければならないため、どうしても表面には凹凸ができてしまい、このままの状態では鮮明な天体情報を手に入れることはできません。そこで表面を磨いて平らにする作業を、過去に4mの鏡を磨いた実績のある光学会社「コントラべス社」が担うことになります

鏡の表面が平らであればあるほど、天体の情報は鮮明になるため、鏡を磨く研磨作業は天体の観測に直結する重要な部分でもあり、製作現場のニューヨーク州からピッツバーグへ移動された後、研磨作業はすぐに始められました。


↑8mの鏡という未知の世界にチャレンジするためプロジェクトへの参加を決意

これだけ大きな仕事を引き受けたコントラべス社ですが、大企業というわけではなく、むしろ小さな会社で、8mの鏡を磨いている間もリストラや会社の売却などさまざまな出来事が降りかかってきたと言います。それでも、技術者たちは「会社がどうなろうと、すばるの研摩は最重要の仕事です」と言いながら作業を続けてくれたのです。(3)

研磨作業のチームリーダー、スコット・スミス氏に限っては多くのヘッドハントを断り、すばるプロジェクトに残って8mの鏡を磨くことを選択、必ずや天文学者たちが納得する鏡に磨き上げようと、技術者としてのプライドと彼自身の人生をもかけて取り組んだ研磨作業は4年間に及び、凸凹だった表面は滑らかなものに仕上がりました


↑ヘッドハントされるより、自分の技術で天文学者が納得するような鏡を仕上げることが目標

一人の日本人天文学者による、「銀河の謎を解き明かしたい」という思いから始まったすばる望遠鏡プロジェクトは、国を越えてたくさんの企業、研究者や技術者が加わり、紛れもなく世界的なプロジェクトへと成長していきましたが、プロジェクトの始まりもそうであったように、一人一人がこの取り組みを「自分のためのプロジェクト」と考えていたことは否めません。

元プロ野球選手で日本プロ野球名球会顧問の王貞治氏もまた、一人一人が「強くなりたい、勝ちたい」と個人的な欲を持つことでチーム全体が強くなると考えており、22年間のプロ野球生活ではホームランを通算868本を記録、「野球の神様」の名で知られる元メジャーリーガー、ベーブ・ルースの714本をはるかに上回る記録を残しています。


↑「自分こそが強い選手になりたい」という個人の欲望がチーム全体を強くする

そんな偉大な記録保持者である王氏も、プロ野球生活すべてが順風満帆というわけではなく、彼の甲子園での華々しい活躍を知っていたコーチや監督は主軸打者として多大な期待を寄せるも、なかなか思うような結果が出ず、そこから王氏の猛練習が始まりました。

特訓は打撃専門コーチの自宅で毎日行われ、畳の上に裸足で立ちひたすらバットを振り続けるものや、ボールに軽くバットを当てるトスバッティングの練習などさまざまで、プロ野球選手が力一杯に踏み込むわけですから畳はすぐにボロボロになったと言います。

そうして彼は徐々にバッティングの感覚を掴んでいったことで期待以上の成績を残し、「世界のホームラン王」と呼ばれるまでに成長していったのです。結局、チーム内の一人一人が強くなりたいという意識を持たなければ、試合に勝てるチームは形成されないのだと指摘し、王氏は次のように述べました

「自分のためにやるからこそ、それがチームのためになるんであって、『チームのために』なんて言うやつは言い訳するからね。オレは監督としても、自分のためにやってる人が結果的にチームのためになると思う。自分のためにやる人がね、一番、自分に厳しいですよ。」


↑自分のためにやるからこそ自分自身が成長し、それがチームの成長にもなる

すばる望遠鏡や王貞治氏のように“世界一”と評されるには、チームの足並みをそろえることに意識を集中させるより、「自分のために」という思いを持って取り組む方が最大限の力を発揮でき、結果、チーム全体の力になるのでしょう。

自由が丘にオフィスを構えるソフトウェアやウェブアプリケーションの開発を行っている企業「ソニックガーデン」では、入社して間もない社員以外はオフィスへの出社が義務づけられておらず、自宅で仕事をする人やカフェで仕事をする人、さらには地方で在宅勤務をするエンジニアが12人もいるなど、リモートワークを推進しています


↑まずはチームのことではなく、「自分のため」に最大限の力を出し切る

会社に出社しなくてもいいため、社員はセルフマネジメントが必要になってきますが、もともとプログラミングが好きで入社してくるエンジニアが多いこともあり、仕事に穴を空けるような社員はいないと言います。また、趣味が仕事になっているという雰囲気も少なからずあり、乳がん患者が病院や医者を探すためのサイト「イシュラン」は、社員が遊びの中で行っていたプログラミングから誕生しました

代表取締役社長の倉貫義人氏は、リモートワークを推進する理由について、助け合うことが良いチーム作りに直結するのではないと考えており、ベストなチームについて次のように話しています

「もちろん結果として助け合いは起きるんですけど、そこがチームの大事なところかっていうとそうではなくて。下(の社員)を救うのではなくて、それぞれがベストなパフォーマンスを出したうえでチームとして総合的に結果を出せるのが良いチームということでしょうか。」


↑一人一人がベストなパフォーマンスを出せば結果を出せるチームとなる

日本から出発したすばるプロジェクトには、もちろん多くの日本企業も協力しており、特に、すばるを組み立てるための工場を提供した日立造船は、「なんだか面白そうなプロジェクトをやっている、工場だけでなく自分たちも技術面で参加したい」という理由で、技術者たちはすばる望遠鏡の組み立てに加わるほか、鏡の洗浄などに使うための大型機械の製作を担当したと言います。(4)

わたしたちはグループで何かを成し遂げようとする際、メンバー全員で足並みをそろえてゴールに向かうということを意識し過ぎるために、本来持っているはずのすべての力を発揮できないことも少なからずあるのかもしれません。

確かに、これもグループワークにおいて重要な要素ではあるかもしれませんが、チーム内の一人一人が、「挑戦してみたい」や「自分の技術を世の中に証明したい」など、“自分のため”に行動を起こすことで個人の力がチーム全体の力になり、世界にも評価されるような偉業を成し遂げることに繋がっていくのではないでしょうか。

1. 小平桂一 「大望遠鏡『すばる』誕生物語―星空にかけた夢」 (2007年、金の星社) p26-27
2. 小平桂一 「大望遠鏡『すばる』誕生物語―星空にかけた夢」 (2007年、金の星社) p60
3. 海部宣男、宮下暁彦 「すばる望遠鏡の宇宙―ハワイからの挑戦」 (2007年、岩波新書) p80
4. 海部宣男、宮下暁彦 「すばる望遠鏡の宇宙―ハワイからの挑戦」 (2007年、岩波新書) p75


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