1980年代のニューヨークといえば、地下鉄の落書きで知られ、車内にはラジカセを持って騒ぐラッパー、麻薬中毒者などが溢れ、犯罪が多発し、失業率の高い、治安の悪い都市として知られていましたが、その改革に着手したのが、ルドルフ・ジュリアーニ氏、
そして2001年から12年間に渡りニューヨーク市長を務めたマイケル・ブルームバーグ氏がそれを引き継ぎ、「刺激的だけど、危険で汚い」というニューヨークのイメージを一新しました。
ブルームバーグ氏が、犯罪率を低下させ、緑化を進め、健康の大切さを強調した政策を導入し、ニューヨークの観光事業の収入を大幅にアップさせた背景には、まず就任当初に行ったニューヨーク市庁舎のオフィスの変革があるようです。
↑80年代、まだまだニューヨークと言えば危険な場所だった
当時、市の機関は細かい部署に分かれ、各部署の利害関係が絡んでいるため相互交流も少なく、都市問題の全体像を一つのチームのようにして、把握するのは困難な状況でした。
しかし、もともと金融データ会社の創業者として成功したブルームバーグ氏は、「測定できないものは管理できない」というスローガンを掲げ、問題の全体像を把握するために、従業員間の交流を図るオープンオフィスを作り上げることで、職員全員が机とコンピュータを共に並べて仕事をするようにしました。
さらに、各組織が持っている情報を管理した上で、数理経済学がわかるフレッシュな人材を登用し、何十もの異なるデータベースを統合することにより、単一の統計モデルにまとめ、これがニューヨークの街を大きく変える戦略の基礎となったのです。(1)
↑オープンオフィスは情報の共有化に対する決意の表れだった
ブルームバーグ氏が行ったような部署間の壁を取り除くことは、確かに一定の成功をおさめましたが、公共機関である以上、使える予算やできることは限られますし、今後ますます都市化は進んで人口が増えれば、自治体や政府だけで、都市の機能をコントロールすることは不可能でしょう。
今現在、毎週150万人が都市に流入し続けており、2025年には世界中で1,000万人以上の都市は40ヶ所になると予想されています。人口1,000万人と言うと、2020年に人口1,335万人に達する東京と同じ規模の都市ですが、それらのメガシティでは、人口が増加すればするほど、スラム化、都市交通の不備、廃棄物処理、上下水道の整備、そして災害対策などの問題が深刻化してくる傾向にあります。
↑都市に人が増えれば増えるほど問題はどんどん大きくなっていく
2050年には世界人口の3分の2が都市に居住すると予測されており、都市問題の迅速な解決は急務であるため、世界中の各都市は民間企業と提携する取り組みを始めていますが、その中でも最も注目されているものがグーグルによる「Sidewalk Labs」(以下、サイドウォーク)で、そのコンセプトに関してラリー・ページ氏は次のように述べます。
「サイドウォークは、誰もが暮らしやすくなるように都市を改善することに重点的に取り組む会社だ。都市技術の開発と企画を通じて、生活費の問題や交通システムの効率化、エネルギー利用などの課題に取り組む。」
↑IT企業がリアル世界の問題を本格的に解決し始める
2015年に立ち上げられたサイドウォークにおいて、すでに具体的な施策として始まっているニューヨーク市の「LinkNYC」というプロジェクトは、数年以内に、ニューヨーク市内にある使われなくなった公衆電話をWifiのスポットに変えるというもので、そこにはUSBチャージャーも備えられており、スマホの充電が街中のどこでも可能になります。
これによりグーグルはニューヨーク市民の生活に関する膨大かつ詳細なデータをさらに収集し、都市生活者の現状、都市問題の全体像を把握することが可能になりますが、これはサイドウォークがあらゆる分野において、プラットフォーム化を進めてきたグーグルの集大成ともいうべき取り組みである事を示しており、前ニューヨーク市長ブルームバーグ氏が目指した手法の究極とも言えるかもしれません。
↑LinkNYでニューヨーク市民のデータを収集するグーグル
もちろん、こうしたプラットフォーム化によって都市問題を解決するグーグルの手法の懸念されるべき点として、どの都市であってもビッグデータをもとにした画一化されたアプローチで取り組むため、都市固有の特色が失われていくのではという点が指摘され、地図研究者である松岡彗祐氏もグーグルマップを評して次のように述べます。
「グーグルマップの表現は〈地図〉的ではあるが、実は〈地図〉以上に均質である。それは、〈地図〉では見えるはずの「地域社会」までもが全体としては見えづらくなっている。」(2)
サイドウォークは、すべてのものをプラットフォーム化してきたグーグルが、私たちのリアルな生活に直接関わる都市問題をもプラットフォーム化しようという試みともいえますが、プラットフォーム化された都市では、画一化された人間が温かみのない、無機質な生活を送ることになってしまうのかと少し不安になってしまいます。
↑管理されることで、都市がどんどん個性のないものになってしまう
その答えは、都市がプラットフォームされるということが何を意味するのかを正確に理解することによって初めて得ることができるはずです。
ネット上の決済を効率化するツール「スクエア(Square)」を開発したジャック・ドーシー氏は、お金を払うという決済を意識しなくなるくらいシンプルにすれば、売買は素敵なコミュニケーションに戻せる、と述べましたが、プラットフォームの究極の役割も、できるだけ複雑な手続きやややこしい作業は省略、簡素化することによって、人間が人間らしい交流や生活を取り戻すことにあります。(3)
例えば、都市自体がプラットフォーム化され、自動化された自動車が街中を効率的に走行するようになれば、渋滞や駐車スペースの問題は解決されますし、目的地まで設定された時間で道に迷うことなく到着できるため、移動することにストレスを感じることなく、車の中から外の景色に目を向けたり、友人や家族との会話に思いを集中させたりできるようになっていくことでしょう。
↑面倒なことはテクノロジーが引き受け、人間はもっともっと楽しいことだけに時間を使えるようになっていく
また、政府主導でなく、端末を経由で得られるビッグデータによって、都市生活者の電気使用の状態が把握できれば、エネルギー利用が効率化されますし、生活費の高騰を抑え、本当に必要なインフラのみを整備するようになれば、電気代や家賃、税金の支払いに圧倒され、そのためだけにいやいやながら仕事をする必要はなくなり、都市に住む人々は自分と家族がもっと面白いと思える、クリエイティブなことに時間やエネルギー、そしてお金を傾けることができるようになるのです。
9.11後、ブルームバーグ氏の手腕によって大きな変化を遂げた2015年のニューヨークにおいて、「タイムズスクエア・アライアンス」の代表を務めるティム・トンプキンズは、タイムズスクエアで数千人の市民が一斉にヨガを楽しむイベントを開催したと言います。このムーブメントは都市に住む人々が求めるものが高層ビルでも、娯楽施設でもなく、「充実した今」であることを象徴していると言えるでしょう。
↑「余裕のある生活」=「充実した今」
グーグルが掲げる非常に重要なコンセプトに、「マインドフルネス」がありますが、サイドウォークを始めとして、街をプラットフォーム化する構想はわたしたちに都市での生活についての考え方を提示してくれます。
行政主導であった都市生活のデザインは、個人の手に取り戻され、都市に生きる人々は目の前の事柄に集中し、私たちは何気ない日常を心から愛おしむことができるようになるはずです。
(1)ジリアン・テット『サイロエフェクト 高度専門化社会の罠』(文藝春秋、2016年)Kindle版、219
(2)松岡慧祐『グーグルマップの社会学』(光文社、2016年)p145
(3)尾原和啓『ザ・プラットフォーム-IT企業はなぜ世界を変えるのか?』(NHK出版新書、2015年)Kindle版、2353
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