中国では毎年11月11日は「独身の日」として知られています。「1(シングル)」が4つ並ぶことからそう呼ばれるようになりましたが、ここ数年その日には独身者はECで買い物をして、自分に贈り物をすることが習慣になっています。
もちろん、これは中国の伝統的な習慣ではなく、2009年から中国の最大手ECサイト「陶宝(タオバオ)」を運営するアリババが広告戦略として打ち出したもので、2015年、同社はその日だけで1兆7,600億円を売上げ、前年を54%も上回りました。
アメリカの「フォーブス」(電子版)は中国が世界をリードする革新的な産業として、1位にマイクロペイメント、2位にEC、3位に宅配を挙げましたが、ジャック・マー氏率いるアリババグループが「独身の日」に記録した驚異的な売上は、まさにその指摘を裏付けているといえるでしょう。(1)
↑「独身の日」だけで売上は1兆7,600億円
この背景には中国でのスマートフォンやタブレット型端末の普及が背景にありますが、アリババによると、独身の日のEC取引の68%がモバイル端末によるものだったと言われています。そして、中国でそれらの電子機器の普及を牽引してきたのが、世界最大の電子街である広東省の深セン(中国語:深圳)です。
1970年代までは小さな漁村に過ぎなかった深センですが、1980年に経済特区に指定され、莫大な海外資本が流れ込み始めました。
当時の国家主席、鄧(トウ)小平は「改革開放」を打ち出し、自身の出身地である四川省のことわざを引用して、「黒猫でも白猫でもネズミを捕る猫が良い猫だ」、つまり「ネズミを捕る」という結果を出しさえすれば、どんな猫でも構わないのと同じように、経済発展のためには手段を選ばないことを強調し、深センは共産主義国の一部でありながらも、資本主義的な手法を試す実験的な都市として、その後の中国の製造業の中心地になっていきました。
↑黒猫でも白猫でもネズミを捕る猫が良い猫だ
例えば、中国のマイクロペイメントの代表格である微信(WeChat)はもともとSNSですが、ネット上の決済だけでなく、レストランやコンビニなどの支払いでも使用されており、2013年にはダウンロード数は中国国内で6億人、海外でも1億人に達しました。
2016年2月時点で全世界のFacebook利用者数は16億人、そのうちアジアに限っては5.4億人でしたが、Wechatは数だけみれば、それを超えていることが分かるでしょう。このアプリを開発したのが、中国のIT企業大手、騰諮(tencent)で、その拠点は深センにあり、その周りは世界中のIT企業が集まるエリアです。
ソフトウェア以外の分野に関しては、経済特区になって30周年を迎えた2010年には、経済成長率が失速したと言われ、近年も中国の人件費高騰を理由に海外企業の多くが製造拠点を東南アジアに移す中、深センの経済的な地位も下がり始めていましたが、世界的に生まれている新しいムーブメントで息を吹き返しつつあります。それが「メイカーズ」と呼ばれる人たちの台頭です。
↑経済特区になった30年間、深センから様々なものが生まれた
このムーブメントを一般に知らしめたクリス・アンダーソン氏は、誰もが製造業の起業家になれるようになり、製造業が民主化されたと言います。(2)その背景には、様々な部品が標準化され、安価で手に入るようになったことがあげられますが、深センではありとあらゆる製品の部品調達が可能であり、メイカーズが活躍するのにまさにうってつけの場所です。
そもそも中国の1980年代からの経済急成長はコピー品の製造から始まり、今でも中国は知的財産を侵害していると世界中から批判されているものの、深センにおいては今も無数にある工場でありとあらゆる製品、部品が模倣、製造されています。
こうしたコピー製品のことを中国語では「山塞」(shānzhài シャンジャイ)と言いますが、これは「山の砦」「山岳要塞」のことで、中央からのコントロールが行き届かないところで勝手なことをする、という意味があるそうです。
↑深センから新しい「メイカーズ」の台頭
しかし、今ではこの言葉を「コピー商品をベースにして新たなものを生み出す」というイメージで捉える若い世代の起業家が登場し始めています。その一人であるエリック・パン氏はメイカーズを支援するために、2008年にSeeedStudioを立ち上げ、回路図・部品リストなどが公開されているオープンソースハードウェアをキット化して組み合わせることによって、相手のニーズに合わせて、アプリやWebサービスをつくるようにハードウェアを作り上げています。
イノベーションというと、全く新しいものを生み出すこと、というイメージがありますが、こうした既存のものを組み合わせることこそ、中国の起業家が得意とするもので、その点を野村総合研究所の此本臣吾氏も次のように分析します。
「(中国のイノベーションは)技術統合によるイノベーションや、『導入・消化・吸収・改良』である。そこで使われている技術や部品・材料は必ずしも最先端のものではない。既存の技術や部品・材料を組み合わせ、経済の発展度合いやユーザーニーズの変化に適した形で、商品やサービスが「創新」されている」(3)
↑近年の中国はコピー商品をベースにして新たなものを生み出す
今後、IoTによって世界中の端末が繋がり、個人の多様化するニーズを形にするメイカーズが増えれば増えるほど、深センは「組み合わせ」という形の「イノベーション」を牽引し続けることが予想されます。
世界が批判している中国の模倣品が、メイカーズの基盤を創りだしたのはなんとも皮肉なことではあるものの、日本において、深センを上回るの製造拠点をつくることは不可能ある以上、わたしたちができることはそうした拠点と繋がり、自分たちの新しいアイデアをカタチにすることでしょう。
メイカーズのためのインフラはすでに深センに揃っているのですから、あとはどれだけ斬新なアイデアを提供するかにかかっているといえそうです。
(1)此本臣吾、松野豊、川嶋一郎『2020年の中国-「新常態」がもたらす変化と事業機会』(東洋経済新報社、2016年)Kindle、2147
(2)クリス・アンダーソン『MAKERS-21世紀の産業革命が始まる』(NHK出版、2012年)Kindle、492
(3)此本臣吾、松野豊、川嶋一郎『2020年の中国-「新常態」がもたらす変化と事業機会』(東洋経済新報社、2016年)Kindle、2142
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